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act.2追憶プレリュード<129>

京介とのやりとりを思い出すと段々と悔しくなってきてしまった。そんな葵の感情の変化を察したのか、幸樹は話題を変えるように葵が膝上に乗せたままにしていた絵本を指し示してくる。 「藤沢ちゃん、せっかく持ってきたから読む?」 幸樹の提案は魅力的なものだ。幸樹がどこからか持ってきてくれた絵本は葵好みのおとぎ話ばかり。 「あ、でも……本読み始めたら集中しちゃう、から」 「ええよ、ゆっくり読んで。温かい藤沢ちゃん抱っこしてたら、なんか眠くなってきたし」 一度ページを開ければ途端に物語にのめり込んでしまう性質を心配して遠慮すれば、幸樹は全く気にしない素振りで葵をまた後ろから抱き締めなおしてくれる。読みやすいように、なのだろう。 「でも、おしゃべりもしたいです」 「じゃあ読み終わったら、どんな話だったか教えて?お兄さん、本読むの苦手やから」 幸樹はそう言って緩く目を瞑って眠りに入る準備を始めてしまう。少しだけまだ名残惜しくて幸樹を見上げていたが、葵も物語の中という夢に浸ることにした。 始めに手に取ったのは、葵が幼い頃から何度も何度も繰り返し読んでいる大好きな物語。森の奥にある城で繰り広げられる動物達の優しい日常を描いているものだ。 読むたびにこの絵本を与えてくれた人のことを思い出して胸がギュッと痛くなるけれど、湧き上がるのは決して辛い感情だけではない。 だから、何かあるたびに読み返してしまうのだ。そのせいで葵が自室に保管している絵本は何度もテープで修復しなければ行けないほどボロボロになっていた。 今葵が手にしているものは寮の自室にあるものとは違って、装丁も綺麗なまま。日に焼けてもおらず、イラストも随分色鮮やかだ。自然と葵に、初めてこの絵本を読んだ時のことを鮮明に思い起こさせる。 そうして夢中になってページをめくっていくと、いつのまにか背後から穏やかな寝息が聞こえてくるようになった。どうやら幸樹は完全に寝入ってしまったらしい。 そして一人になって初めて気が付いた、一帯を覆う夜の闇と静寂の深さ。 急に心細さが溢れてきた葵はブランケットに包まり直すと、幸樹の腕の中に隠れるように収まって目を瞑る。この闇から逃れるには自分も同じように夢の世界に逃げ込むしか無い、そう考えたのだ。 幸樹の胸にもたれかかって目を閉じると、ついさっきまで眠っていたというのに本当に眠気が訪れてくれる。 幸樹がどこかに行ってしまわぬよう彼のシャツにしがみつきながら、葵は半ば強制的にぽっかりと口を開き始めた眠りの世界へ飛び込んでいった。

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