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act.2追憶プレリュード<130>

* * * * * * 森の奥に佇む城へと続く赤いレンガの道。その道を進むのは洋服を身に着けたキツネやウサギたち。 “おいで” そう言って手招きをしてくれるから葵は自分も後に続いて城を目指すことにした。 森の木々の隙間から見えてきたのはレンガと同じ赤色をした屋根と真白い壁。それは小じんまりとした可愛らしい城だった。 門番の格好をしたクマの間を通り抜けて扉まで進むと、先に到着していたウサギが葵を待っている。 “あけて” この中では一番大きな葵が重たそうな扉を開けてやるのは自然かもしれない。葵はウサギの要望に答えるために頷くと、先頭に立って扉の取っ手に手を掛けた。 力を入れて押し込めば、施錠されていない扉はギィと軋んだ音を立てて開いていく。 だが、目の前に現れたのは城のエントランスではなく、深い闇色の湖。驚いて足元を見やれば、そこにあるのはあの赤いレンガではなく茂った芝生だった。 訳が分からず、とにかく共にやってきたはずの動物たちを探すために振り返れば、クマの門番もドレスを着たキツネの貴婦人も、チョッキを纏ったウサギの紳士も誰もいない。 居たのは真っ白な傘を差し、瑠璃色のワンピースを身に纏った美しい女性。 “ママ” 記憶に残る姿とちっとも変わらない容姿の女性をそう呼べば、今までうっすらと微笑みを携えていた彼女の顔が不快そうに歪んだ。 “お前が代わりに死ねばよかったのに” 顔と同じく美しい声音で苦しげに吐き出される言葉には心の底からの恨みが込められている。 “ごめんなさい、ごめんなさい” あまりに直接的な呪詛の言葉は葵の心を簡単に砕けさせた。 ひたすら許しを請う言葉を口にすれば、彼女は差していた傘をたたみ、その尖端で湖を指差す。つられてその先を追うと、先程まで何もなかった湖面から小さな手の影がぷかりと突き出ていた。 “あの子が苦しい思いをしているのに、どうしてお前はここにいるの?” 彼女の言葉で、あの手の主が誰なのか葵は察することが出来た。助けなくては、そう思って慌てて湖へと走り寄った。 けれど、葵は泳ぐことが出来ない。それに深い深い闇色の湖は底が見えなくて、足がすくんでしまう。

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