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act.2追憶プレリュード<132>
────取らなくちゃ。
何かに掻き立てられるように葵は片方の手で器用に包帯の端を掴んで解いていく。そこにいたはずの猫も犬も、涙でぼやけた視界では正確に認識されていない。
ようやく現れた素肌を確かめるように噛めば、口の中に苦い味が広がる。それは葵が意識の無い中で包帯を巻き直された時塗られた消毒液と軟膏の味だった。
思っていたものと違う味に動揺した葵が閃いたのは、この味を水で拭うこと。幸い、水ならすぐ近くにある。
葵は幸樹の腕から抜け出ると、素足であることも気にせず、湖岸へと走り出した。
もともと傍に居たのだから、目的の場所にはすぐにたどり着くことが出来た。恐る恐る覗き込むと、月明かりに照らされて輝く湖面には、涙で目元がぐちゃぐちゃになった醜い自分の姿が映る。
そんな姿など直視したくなくて、葵はあえて水面が波立つよう、考えも無しに両腕を湖に突き入れた。
ひんやりと冷たい水は、静かながら重度のパニックに陥っている葵の思考を少しだけ正してくれるが、救うまでにはいたらない。
ゴシゴシと水中で腕を洗った後、ようやく綺麗になった腕にもう一度深く深く口付ける。ギュッと薄い皮膚を噛み締めればしばらくして口内に慣れた味が広がってくれた。
痛みなんてとうに感じなくなっている。そのはずなのに、なぜか涙が止めどなく溢れてきた。仕方なく目元を手で拭おうとすると、ぬるりとした生暖かいものが頬に広がった。どうやらいつも以上に出血が激しいらしい。
しばらくぼんやりと朱に染まる腕を見下ろしていた葵は、もしかしたらこのままずっと思い描いていた向こうの世界へ行けるかもしれない、そんな期待に胸を膨らませ始めた。
もう一度直接会って謝りたい。その願いはずっと葵が抱いているもの。
叶えるために思いつくのは、あの日彼女が葵に求めたように、目の前に広がる湖に身を投げるのが一番の方法に思えてきた。
恐る恐る片足を水に浸けてみると、ピリッと染みる感覚がする。素足で走ってきたせいか、足裏も怪我をしているようだった。試しにもう片方の足も湖の中に沈める。
あと少し、葵が上半身を傾かせれば全身が深い青の世界に飛び込むことが出来る。
でもその少しの勇気が出ない。もたもたとする葵を咎めるようにまたあの声が聞こえた。
“償いなさい”
その声でようやく覚悟が決まった。誰にともなく頷いてみせると、傷ついた腕に力を入れて水面へと体を沈ませた。
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