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act.2追憶プレリュード<134>

「お前、何その格好。……それ、葵か?」 雨に当たっただけでは到底ならないぐらいずぶ濡れになった幸樹の姿を見て訝しげな表情を浮かべた京介は、更に距離を縮めてようやくその腕に抱かれた葵の存在を認識したらしい。一層険しい表情になる。 「すまん、俺も何が何だか分からん。ちょっとうたた寝しとって、起きたら藤沢ちゃんが居なくなってて。で、湖に浮かんでた」 「は!?」 「息はしてる、けど意識がない。医者連れてかんと」 「葵!葵!」 幸樹が告げた経緯を聞いた途端、京介はひったくるように葵を奪い取ってひたすら声を掛け始める。その声はあまりにも悲痛で、幸樹の胸をも痛ませる。 葵が意識は無くとも微弱な呼吸を繰り返していることを確認してようやく、京介は呼びかけるのを止めて再び幸樹に視線を返してきた。 「湖って?」 「この近くにあって、綺麗やから連れてって……。なぁ、これ”事故”やんな?足滑らせたとか、そういうこと、やんな?」 葵を抱き直した京介が施設の敷地内へと移動し始める背中を追いながら、幸樹は浮かんだ疑惑を払拭するためにそんな確かめるような問いを投げかける。 「葵は泳げねぇ。自分から近寄るわけがねぇんだよ」 それならばますます謎は深まるばかり。幸樹の気持ちを見透かしたように京介は言葉を続けた。 「でも多分、自分で飛び込んだんだろうな。こいつ、小さい頃湖に突き落とされて置いて行かれたことあんだ」 「……え、誰に?」 「母親。で、お前が持ってるその本は葵が唯一あのクソ女に貰ったプレゼントと同じ奴。パニックになったんだろ」 京介が淡々と告げた事実はあまりにも衝撃的で、幸樹は思わず声を失った。 京介から、葵が複雑な家庭事情があることはうっすらと聞いていた。でもまさか自分が葵の傷を抉るような場所に連れて行き、思い出を蘇らせるアイテムを与えてしまっていたとは思いもしなかった。 「俺の……せいやん」 幸樹が吐き出せたのはそれだけだった。けれど京介はそれ以上何も言ってはくれなかった。罵倒され、責められたほうがよっぽどマシだ。 京介は幸樹が悪意なく葵のトラウマを偶然抉ってしまったことを責めるような男ではない。けれど、体調が悪いことが分かっていたのに外に連れ出したことや、葵を抱きしめる心地よさに一人呑気に眠ってしまったことは明らかに幸樹の過失だ。 それさえ無ければこの事態は回避できたはず。なのに、京介はそれさえも指摘してこない。その無音が京介の怒りの大きさを表しているようで恐ろしい。 裏門を抜け、庭園を通過して別館に近づいてきた頃、ようやく京介は口を開いてこんな事を言ってきた。

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