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act.2追憶プレリュード<135>

「幸樹、あとで何聞かれても一緒に遊んで溺れたことにしろ。葵が自分で飛び込んだことは言うな。絶対に」 京介からの提案という形の命令は意外なものだった。けれど、振り返った京介の表情から、それが本気だとすぐに分かる。 「これ以上葵傷つけたくねぇだろ。いいな?」 ようやく幸樹は京介の意図が分かる。ただでさえ一挙一動が注目される葵のことだ。自ら身を投げた事実が広まれば、学園中に噂の種を与えるに違いなかった。 「あいつらにも、な。葵は知られる覚悟なんて出来てない」 そう言って京介が顎で示したのは別館で帰りを待っていた生徒会のメンバーだった。彼らも散々葵を探し回ったのだろう。その表情には疲れが滲んでいた。 こちらの存在に気が付いた彼らの中で一番に駆け寄ってきたのは奈央だった。 幸樹と、そしてブランケットにくるまって青ざめた葵が二人揃ってずぶ濡れの状態なのを見ておおよその事情を察したのだろう。近づくなり、幸樹の頬に迷いもなく平手打ちを食らわせてくる。パン、と乾いた音が響いた。 「部屋に居てって約束、したよね?」 人を叩き慣れていない奈央の攻撃は幸樹にとっては痛みを覚える程度のものではなかったが、心配しすぎて涙目になっている彼の言葉が震えている事が何よりも幸樹の心を締め付ける。 「……すまん」 幸樹はそうして謝罪を絞り出すだけで精一杯だった。 「会長、車出せる?こいつ、医者に連れてきたい」 「あぁ、すぐ手配する」 幸樹と奈央のやりとりを横目に見ながら京介が持ちかけた依頼に、忍もすぐに答えてみせる。この場で事情を詳しく聞くような野暮な真似を忍はしなかった。 「車着けるの、裏門のほうがいいよ。正門は目立ちすぎる」 忍が取り出した携帯で会話する相手に場所を伝える際、傍に控えていた櫻がそう助言した。 葵捜索のため、本館の一般生徒の部屋もくまなく調査してしまった。目的は何か、を告げてはいなかったが、何かあったのだろうことは生徒たちに伝わっているはずだ。こんな状態の葵を車で運び出せば良からぬ噂が飛び交うことは間違いなかった。 「病院に連れて行くよう指示したから、そのまま乗っていけばいい」 通話を終えた忍がそう言うと、京介は申し訳程度に会釈するともう一つ頼み事を口にした。 「都古戻ってきたら、あいつも病院まで車で連れてってやってほしい。多分走ってでも来るだろうから」 京介の言葉が大げさなもので無いことはその場にいる誰もが心得ている。だから忍は何も言わずに頷きを返す。 迎えの車が到着した頃には、昼までの晴天が嘘のように嵐のような雨が一帯を覆い始めていた。

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