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act.2追憶プレリュード<136>

* * * * * * 「ひとまず容態は安定してる。あとは自然回復に頼るしかないけど、安心していいよ」 ベッドに横たわる葵の処置を終えた医師の言葉でようやく京介は張り詰めさせていた緊張感を解くことが出来た。 「この子の親御さんには?こちらから連絡を入れたほうが良ければ…」 「いや、もうしたんで、大丈夫です」 医師からの申し出はごく自然なものだったが、葵の家庭環境が探られると厄介だ。京介は彼の言葉を遮るようにして断った。 事実、現在葵の保護者となっているのは京介の両親だ。彼らには病院への移動の間に連絡を入れている。葵と共に過ごすことの多い京介が、万が一に備えて葵の保険証を携帯するようにしているし、対応するのに何ら問題はない。 でも医師はまだその場に留まり、今度は葵の両腕に視線を落とし始めた。 「溺れたことよりも、こちらのほうが気になるが…これは彼が自分で?」 相手が医師でなければ適当に誤魔化すが、傷を見られ治療までされては言い訳が通じない。 「……昔から、無意識にやる癖があって。やめるように言っても聞かない」 「そうか。そういう診察を受けたことは?」 問いかけに、京介は首を横に振って答えた。葵が抱えるいくつものトラウマを克服させるべく、何度もそうした病院に連れて行こうと試みたが、その度に葵が抵抗して失敗に終わっている。 それに葵が成長すると共に葵の苦手なものも少しずつ減っていき、日常生活を支障なく送れるようになって来たから、波風を立たせずに見守ることに決めていたのだ。 だが、これほどまでに派手な行動を起こしたのは初めてかもしれない。湖と絵本というきっかけが不幸にも重なり、更に熱のせいで不安定だったからだろうとは思うのだが、それにしても極端過ぎた。 「手遅れになる前に、一度然るべき機関で相談したほうがいい」 その口ぶりは、京介が告げた”遊んでいて溺れた”という嘘を見透かしているようだった。けれどそれを暴くようなことはせず、医師はデスクに向かうとメモ用紙に何かを書き込み始めた。 「君たちの住んでいる地域だと……この人、若いけれど良い先生だと評判だよ。おしゃべりしに行くぐらいの気軽さで覗いてみたらいい。あとで正式に紹介状を出すよ」 そう知って渡されたメモには、病院名と”宮岡”という名前が書かれていた。 「私から彼に勧めるよりも友達の君からのほうが良いだろう」 「……友達じゃない。家族だ」 「そうか」 思わず否定してしまった言葉に、医師は気を悪くするでもなくにこりと笑ってみせた。

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