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act.2追憶プレリュード<138>

* * * * * * 別館の談話室では、机に広げたノートパソコンの画面を忍と櫻の二人が共に覗き込んでいた。その表情は揃って訝しげに歪んでいる。 葵の家族に一報入れたほうが良いかと思いアクセスした生徒の情報が詰まったデータベース。その様子がおかしいのだ。 葵の両親の名前と実家の番号がきちんと掲載されているが、そこに電話をしても使用されていない番号だとアナウンスされてしまう。 それに、葵のページを閲覧し続けていると、突然画面を覆い隠すようなポップアップが現れた。 どこか見覚えのある人物がデフォルメされたキャラクターが手にしている看板には”御用の方はこちらまで”なんて言葉とともに、携帯番号が記載されている。その番号には覚えがあった。 そもそもこのページにアクセス出来る者は学園内でもごく少数。それに葵のページに辿り着くまでもアクセスの権限を求められ、その度に忍は生徒会長に与えられる特別なパスコードを入力せざるを得なかった。 学園のデータベースにこんな風に手を加えることが出来る人物など一人しか思いつかない。画面上でふざけたモーションをしているキャラクターも、掲載された番号もその人物を示している。 前年度会長の西名冬耶。彼しかいない。 「ここまで手の込んだ事をするなんて、何事だ?」 「……そういえば、葵ちゃんから家族の話って聞いたことないね」 櫻の指摘通り、葵から”家族”の話が出たことは一度もない。思い出話に出てくるはいつも京介や冬耶、遥のことばかりだ。葵の口から両親のことを聞いたことがない。兄弟がいるのかさえ知らなかった。 冬耶がここまで葵の出自を暴かれまいとしているということは、データベース上に記されている両親の名前や勤め先も、おそらくダミーに違いない。 勘付いては行けないものに触れてしまった気まずさが二人の胸に湧き上がってくる。 どうすることも出来ずに固まる二人の沈黙を破ったのは、葵の空色のボストンバッグを手にして部屋に入ってきた奈央だった。 葵がそのまま病院に留まるにしても、帰宅するにしても、すぐに動けるよう予め荷物をまとめてやっていたのだ。 「葵くん、落ち着いたらしいけど、帰るのは明日にするって」 先程京介から連絡を受けた奈央がそう告げながら、二人の対面のソファに腰を下ろした。

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