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act.2追憶プレリュード<139>
「冬耶さんが迎えに来るみたい」
つい先程まで話に上がっていた人物の名前が出て、忍も櫻も”やはり”と妙な納得をしてしまう。なぜ葵を迎えにくるのが両親ではなく、冬耶なのか。それが先程浮かんだ疑問の答えに通ずるような気がした。
「なぁ、奈央。お前は俺たちよりも葵との付き合いが長いだろう?」
「何、改まって。まぁ…そう、だね」
唐突な忍の問いは奈央を困惑させたが、間違ったことではない。肯定の頷きを返すと、今度は櫻から問いが重ねられた。
「葵ちゃんの家族、会ったことある?」
今度の問いは答えるのが難しい。回答としては”ノー”が正解なのだが、少々複雑なのだ。
「冬耶さん達が、葵くんの今の家族、だよ。一緒に暮らしてる」
「一緒に?隣の家なんじゃなかったの?」
「そうなんだけど、今一緒の家に住んでるのは聞いた。どうしてかは知らない」
冬耶とも親しい奈央ですら経緯は知らないらしい。
「あ、葵くんから言われるまでは知らないフリしてあげて。僕も冬耶さんから聞いただけで、本人からは隣に住んでるって言い張られてるから」
奈央が付け加えた言葉は、より二人の不安を煽った。
冬耶がどんなに隠そうとしても、葵の素性を調べることは金と、そうしたルートさえ知っていれば容易いことだ。例えば忍がその気にさえなれば、電話一本で調べ上げることも出来るだろう。
だが葵が知られたがっていないものをむやみに暴くつもりはない。そうして葵に関する情報を勝手に得た所で、本人との心の距離は縮まってくれないからだ。
だから忍は話題を少し変えることにした。
「あれは、”事故”だと思うか?」
奈央にだけではない。櫻に対しても投げかけられた問い。それは雨の音だけが響く談話室で、重たく沈んでいく。
「幸ちゃんはそう言ってるし……事故じゃないなら何?アレは馬鹿で考え無しだけど、葵くんをわざと傷つけるようなことはしないよ。そこは信じてる」
幸樹が葵に危害を加えたという可能性を示唆されていると思った奈央は、まっすぐに忍を見返して反論してみせた。”アレ”と表現する辺り、まだ彼に対する怒りが残っている証拠だが、友人として信頼を置いてはいる。
フラフラと彷徨い、お気楽な人間のように見えて幸樹は他者を自分のテリトリーに踏み込ませない深い孤独を抱えている。実家が裏社会の稼業という出自が大きく影響しているのは明らかだ。
けれどそんな彼は冬耶が強引に引き込んだ”生徒会”という枠の中で、少しずつ学園に馴染み始めてきた。そして葵に誘われたから、そう言って今まで絶対に参加しなかった学園行事にも顔を出すようになった。
幸樹にとっても葵が大切な存在になりつつあるのは誰の目から見ても明らかで、そんな存在を幸樹が自らの手で故意に傷つける可能性は絶対にない、そう奈央は言い切れる。
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