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act.2追憶プレリュード<140>

「そうじゃない。もう一つ、あるだろう?可能性が」 「……もう一つ?」 「葵ちゃんが自分で溺れに行ったってこと?」 忍が示した可能性を奈央は思いつかなかったが、代わりに櫻が答えてみせた。その可能性は軽はずみに口にするのが憚られるほどの重たいもの。途端に室内の空気が一段と濁る。 「やめよう。考えたくない、そんなこと」 耐えきれずに俯いた奈央の顔は今にも泣き出しかねないくらい動揺が表れていた。あり得ない、とは言い切れないのだ。 「何か知ってるなら教えてよ、奈央」 奈央の様子で心当たりがあると踏んだ櫻が少し咎めるような声音を出した。昨夜奈央が京介を呼び出すほどの事態に遭遇したことも、うやむやになったままなのだ。 「葵ちゃんが包帯巻いてるのは知ってる。どこに怪我してるの?なんでそれを隠すの?」 脱衣所で見た二束の包帯。それが昨夜のことと関係していると櫻が予想するのは自然なことだった。触れないでおこうと思っていたが、こんな事態に陥ってはそうも行かない。 だが、奈央は首を横に振って打ち明けることを拒絶した。 「僕が見たことは葵くんも知らない。知ったらパニックになるって冬耶さんが言ってたから。何も知らないことにする。何も見なかったことにする」 目の前にいる忍や櫻を信じないわけではない。彼らもまた、葵と触れ合うことで大きく変わってきた。 以前は学園のために、なんて微塵も考えない生徒だったというのに、時に文句は垂れながらも、今では真面目に生徒会の仕事をこなしていることは傍にいる奈央が一番知っている。 でも、奈央自身が昨夜のことを記憶から消す努力をしようと決めたのだ。葵のためにそれが一番だと思うから。 「何それ。西名さんの言うことしか聞けないわけ」 ツンとそっぽを向いて毒づく櫻に奈央だって言い返したくなるが、彼の顔にいつもの気高さはなく、寂しさが浮かんでいるから黙って受け入れてやるしかない。 「何も無かったことにして、葵を迎え入れてやるのが一番、ということか」 誰に言うでもない、確かめるような忍の呟きにも、自身の無力さに対する虚しさが込められている。 「助けさえ求めてくれればどんなことだってしてやるのに」 嘘偽りのない忍の決意。それは櫻も、そして奈央だって同じ気持ちだ。でも葵からはまだ手を差し伸べてくれない。葵が何に苦しんでいるのかが分からなければ、対処のしようがない、というのにだ。 この生徒会という空間を、早く葵が気兼ねなく甘えられるものにしてやりたい。 言葉に出さずとも、皆が思う願いは一つだった。

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