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act.2追憶プレリュード<141>

* * * * * * ゆっくりと優しく髪を撫でる感触に気が付いて、葵は重たい瞼を開けた。陽の光が室内へ差し込んでいることで夜が明けたことを知る。 そして、自分を撫でる人物が他の誰でもない、会いたくて堪らなかった兄だと知った。 「おはよう、あーちゃん」 三日月を横たえたように細められた目。自分を呼ぶ甘い声。 シルバーからダークグレーへのグラデーションという派手な髪色も、耳だけでなく眉や唇にまで開いたピアスの多さも、彼を知らない人物からすれば”こわい”と思わせてしまう要素だが、葵は知っている。 彼、冬耶が誰よりも自分を甘やかしてくれる優しい存在だということを。 「あーちゃんに会いた過ぎて、来ちゃった」 悪戯っぽく笑ってみせる冬耶に、葵の胸がギュッと痛くなる。なぜ卒業した冬耶が今この場に居るのか。その答えは彼の言うように、”葵に会いたいから”なんて単純な理由ではないはずだ。 ぼんやりと思い出される昨夜の出来事。幸樹と共に部屋を抜け出して向かった先で、自分が何をしたのか。 「あ……」 「大丈夫だよ、あーちゃん。今はお兄ちゃんのことだけ考えて」 途端に震えだす体をすぐさま冬耶が覆い被さるように抱き締めてくれる。額に与えてくれるキスも、冬耶から香るフレグランスも、とろけそうな程甘い。 「いい子だね、あーちゃん。よく頑張った」 「……ちが、ちゃんと、出来なかった」 「そう?それでもいいよ。何があっても、お兄ちゃんがあーちゃんのこと大好きなのは変わらない」 褒めてくれるようなことが何一つ出来なかった。そう思うのに、冬耶はそれさえ包み込んで愛してくれる。 「ごめんなさい」 冬耶の愛情が今の葵には痛いほど染みてくる。どれだけ冬耶を心配させたかも、冷静になった頭ではようやく想像することが出来た。だからこうしてただ、謝ることしかできない。 「あーちゃん。謝るなら、お兄ちゃんを全然抱き締め返してくれないことを謝って」 そう言ってまた冬耶は笑ってくれる。果てしなく優しい冬耶に、葵はすぐに両手を伸ばしてその広い肩へと回した。 そうしてやっと両腕にがっちりと包帯が巻かれていることに気が付いた。今までのような単純な巻かれ方ではなく、何層にも重ねられた姿に、その下の傷がいかに深いものなのかも思い知る。 「あーちゃんの手はね、お兄ちゃんをぎゅってするためにあるんだよ。それが思い切り出来なくなるようなこと、しちゃダメ。わかった?」 直接的な注意ではない。けれど、冬耶が何を言いたいかは分かるから葵は頷きで答える。 「ん、いい子だ」 そう言ってまた冬耶は強く強く葵を抱き締めてくれる。叶うならばずっとこの腕の中に居たいと思わせるほどの安心感。つい今しがた目覚めたばかりだというのに、クラリと目眩がするほど冬耶の優しさに酔わされていく。 「好きなだけ眠っていいよ、あーちゃん。傍にいるからね」 促すように優しく優しく髪を撫でられると、本当に眠らずにはいられなくなってきた。もしかしたらこれもまた夢で、目が覚めたら冬耶は居なくなっているかもしれない。そんなこともうっすらと考えてしまうが、眠気には勝てない。 せめて冬耶がどこにも行ってしまわぬよう、葵は力の入らない腕で必死に彼の肩を掴むことしか出来なかった。

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