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act.2追憶プレリュード<142>

* * * * * * 再び目を瞑った葵が寝息を立てながらも自分にしがみついて離れない様子を見て、冬耶は胸を痛ませた。 ここまで傷つくことになると分かっていたら、”葵のため”なんて建前は抜きにもっと頻繁に会いに行ってやればよかった。そう思うが今更後悔しても仕方ない。 それに、冬耶がまめに顔を出してやった所で、葵はきっと気丈に振る舞い続けたに違いない。 寮生活では長い休み以外実家に帰らない生徒も多いが、葵は昨年度まではほぼ毎週末のように帰宅していた。けれど二年に上がってからはまだ一度も帰って来てくれていない。それが葵なりの意地の張り方だと言うのは心得ている。 そんな状況で冬耶のほうから無理に歩み寄っても、余計葵を追い込む結果になったかもしれず、今となっては何が正解だったか、誰にも分かりやしなかった。 「兄貴、葵起きた?」 病室に戻ってきた実の弟、京介はその手に缶コーヒーを三つ、抱えていた。 一睡もしていない自分用と、そして夜中に車を飛ばし同じく睡眠を取れていない冬耶と、そしてベッドの下の床でぐったりと眠りこけている都古、三人分なのだろう。 「さっき一瞬起きたけどね、またすぐ寝ちゃった」 ありがたくコーヒーを受け取りながらの返事に、京介はホッとした表情を浮かべ、そしてすぐに複雑そうに眉をひそめた。 「今は混乱するだけの体力すら無かったんだろうけど、次目が覚めたときは危ないな。ちゃんと見ててやらないと」 京介の不安の意図を汲んで冬耶がそう言えば、やはり同じことを考えていたのか彼からも同意の頷きが返ってきた。 「とりあえず、みや君起こして施設、戻ろうか」 「は?家じゃなくて?荷物だったら高山さんが……」 冬耶の思いがけない言葉に京介は動揺した様子を見せた。 昨夜のうちに、葵のものだけでなく、京介の荷物も奈央が届けに来てくれたのだ。都古は元々自分の荷物を持っていないし、まっすぐ家に帰ることが出来る。冬耶もそれは承知していたが、施設に立ち寄らなければならない理由があった。 「あーちゃんがもう一度この病室で目覚めたら?移動中の車で目覚めたら?どっちにしても相当パニックになるぞ。嫌な思い出のない場所でちゃんと起こして落ち着かせてから家に帰ったほうがいいだろ」 葵は病院も車も大の苦手だ。 特に車は、母親に初めて二人きりでドライブに連れ出され、とてつもなく喜んでいた矢先、目的地の湖で置き去りにされたという思い出のせいで、乗ったらまたどこかへ捨てられるんじゃないか、そんな恐怖が拭えないでいる。 葵を目覚めさせずに無事家まで辿り着ければいいが、移動中に目覚める可能性が捨てきれない以上、せめて近い距離の施設まで運び、多少なりとも回復させるのが最善の策だと冬耶は主張した。 押し黙る京介の様子を了承と受け取った冬耶は、早速床に転がる猫を起こしにかかる。

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