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act.2追憶プレリュード<143>
「……な、に」
熱せられた缶コーヒーを首元に当てられればさすがに寝起きの悪い都古も目を覚ました。不快そうに眉をひそめる彼の目元は、昨夜泣き通したせいで少しだけ腫れている。
「おはようみや君、仕事だよ。起こさないようにあーちゃんのこと抱っこして運べる?」
起きたばかりの都古はいつのまにか現れた冬耶の存在に少しだけ驚いてみせたが、持ちかけられた依頼にはすぐに頷きを返して答えた。
周囲がその扱いに困りきっている都古のことも、冬耶の手に掛かれば葵の忠実なペットとして役立てることが出来る。
役割を与えられて満足げな都古はすぐさま起き上がって、葵が眠るベッドへと歩み寄る。
葵のぐったりとした様子には悲しげに唇を噛んだが、冬耶が家から持ち込んだ葵お気に入りのタオルケットを渡すと、それで慎重に葵の体を包み始めた。
「で、俺は荷物持ち、な」
葵を抱くという役割を都古に奪われた京介は、少しつまらなそうにしながら葵と自分、二人分の荷物を抱えた。
「そう言うなって。じゃあほら、手繋ぐか?」
「は?繋がねぇよ、キモい」
冬耶が可愛がっている”弟”は何も葵だけではない。実の弟、京介のことももちろん、その見た目がちっとも可愛くなくたって、全力で愛でていた。
さも当たり前のように手を差し伸べれば冷たくあしらわれてしまうが、この程度では全くめげない。その反応すら楽しそうにケラケラと笑い飛ばしている。
「……何だこれ」
退院の手続きを済ませ、冬耶が家から乗って来たミニバンの扉を開けた時に京介が見せた反応もまた兄を面白がらせる。
京介が驚くのも無理はない。ミニバンはいわゆる高級車の部類に入る国産車種。落ち着いた品のある内装だったはずが、彼の記憶の中のものと全くの別物になっているのだ。
「だって車ん中であーちゃんが起きちゃうこと考えたら、こっちのほうがイイだろ」
冬耶が得意げに見せびらかす車内は、西名家に用意された葵の部屋を思わせる内装に模様替えされていた。
青空に白い雲が浮かぶ模様の壁紙の代わりに、似た絵柄のブランケットが車内の天井や椅子、床に至るまで所狭しと敷き詰められている。
更に普段は部屋の天井からぶら下げている飛行機や風船のモビールまでや車内に移されて浮かんでいるほか、いつもベッドの枕元にいるウサギのぬいぐるみまでちょこんと後部座席に居座っているのだ。
殺風景なはずの車内がメルヘンな子供部屋へと、すっかり変貌を遂げていた。
冬耶としてはとにかく葵が傷つく種を最大限排除した結果なのだが、こういう所が”過保護”で”病的なまでのブラコン”と評される所以だということを自覚していない。
「ほら、行くぞ」
さすがの都古も冬耶の対応に少々引いている様子。運転席に乗り込んだ冬耶に促されてようやく葵を抱いたまま後部座席に乗り込むが、居心地は悪そうだ。
「お、京介は助手席か。嬉しいな」
「あっちに乗りたくねぇんだよ」
メルヘンな空間に居たくないだけだというのに、助手席に乗り込んだ京介を見て冬耶は嬉しそうに目を細める。
昨夜あれだけ沈んでいたはずの空気は、彼がそこに存在するだけですっかり陽気なものに変わってしまう。
絶対的な”兄”の登場に、口にせずとも京介と都古が安堵させられたことは確かだった。
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