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act.2追憶プレリュード<144>
* * * * * *
葵を途中で目覚めさせることなく、冬耶の運転する車は無事に施設の裏門へと到着することが出来た。けれど、葵を抱いた都古がそのまま別館へ向かおうとすると、冬耶がそれを制止する。
「みや君、こんな状態で嫌だろうけど今朝食の時間だろ?ちゃんと歓迎会の続き、しておいで。京介も、な」
冬耶の言葉にようやく、施設に立ち寄ったのが決して葵を落ち着かせるためだけでないことを京介と都古は悟った。
昨夜から京介と都古は姿を消している状態。このまま施設を立ち去れば、葵関連で何かあったのだろうと邪推されるのは必至だった。
それに二人が途中で歓迎会への参加を投げ出したと葵が知れば、自分のせいだと落ち込むことは避けられない。
葵を守るという目的を叶えるために、そうして周りの環境も整えようと動けるのは冬耶ならでは。
「俺じゃあーちゃんの面倒見るのに頼りないって言うんなら居ても構わないけど。その代わり、不参加によって生じる不具合はちゃんと自分たちで処理しなさい」
冬耶が”頼りない”わけがない。それに、一般生徒である京介と都古の二人が、一度学園中に溢れた噂の火種を消すためには力に訴えるしか無い。そんな手法を取れば、それこそ葵が悲しむ結果が見えていた。
「ちゃんと帰ってくるの待ってるから。安心しな」
他に選択肢を与えないやり方は一歩間違うと反感を買ってしまうが、冬耶は決して突き放したりはしない。こうして朗らかに笑いかけてみせるから、反抗する気すら失せさせるのだ。
「さ、あーちゃん。行こうか」
大人しく本館へと向かいだした二人の背中を見ながら、冬耶は腕の中の葵を見下ろし、返答がないのは分かっていてもそう声を掛けた。
「うさちゃんも連れてこうな」
小さい頃、西名兄弟の両親が葵に買い与えてやった真白いウサギのぬいぐるみ。
肌身離さず抱き締めていたそれは、葵が成長すると共に部屋で大人しく待機するようになったが、こうして心のバランスを大きく崩した時には未だに頼りたくなる存在であることを冬耶はよく知っている。
だから冬耶は葵を抱き締めながら器用にウサギも抱え上げた。
別館の入り口に設けられたセキュリティパスは定期的に変更される。さすがの冬耶も葵を抱えたままでは突破することが出来ず、携帯で中にいるはずの後輩を呼び出すことに決めた。
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