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act.2追憶プレリュード<145>
「冬耶さん!」
「遅い、なっち。んで、静かに」
扉の内側から現れた奈央は冬耶に注意されると慌てて口を噤んだが、今度は冬耶の腕の中の存在に視線を捕らわれて身動きを取れなくなってしまった。
「こら、早く中に入れろって」
「あ、すみません」
「全く、いくらあーちゃんが可愛いからって、そう見惚れてばっかじゃ普段ちゃんと仕事できてるのか心配だな」
「み、見惚れてたわけじゃありませんから!」
ウブな後輩をからかえば、やはり期待通りの反応が返ってくる。今の生徒会の三年メンバーの中で唯一可愛げがあるのは奈央くらいで、冬耶がちょっかいを掛ける相手が奈央に集中してしまうのは致し方なかった。
「後で北条たちとも話したいけど、とりあえずあーちゃんの部屋、案内して」
本来なら後輩をもう少しからかって遊びたいところだが、今は葵を落ち着いた環境へ移動させるのが先決だ。冬耶がそう指示すれば、奈央はムキになって否定したせいで少し赤らんだ顔のまま、上階へと冬耶を先導してくれる。
辿り着いた部屋は、すでに綺麗にベッドメイキングされた後だった。
奈央が先回りして布団をめくってくれたおかげで、冬耶はすぐに清潔なシーツへ葵の体を横たえさせることが出来る。
「あーちゃん、ちょっと軽くなった気がする。ただでさえ細っこいのに、しょうがないなぁほんと」
葵の隣にきちんとウサギのぬいぐるみを添い寝させてやりながら、少し呆れたような声音を零した。
そして自分と同じように葵を慈しむような眼差しで眺める奈央を振り返って、声を掛ける。
「なっち。負担かけて悪いけど、あーちゃんの腕のこともうしばらく知らないフリしてやって」
「負担なんて、そんな……」
確かめろと命じたせいで奈央には葵の秘密を背負わせることになってしまった。
彼がそれを知った所で葵を蔑むような性格ではないと分かっているから自分の代わりに治療するよう頼んでしまったが、精神的にタフなわけではないことも知っている。
まるで自分が傷を負っているかのように苦しげな表情を浮かべる奈央を見て、冬耶は葵の監督をさせる役目はまだ荷が重すぎたかもしれないと、少し悔やんでいた。
「昨夜のことと、何か関係があるんですか……?」
遠慮がちに問いかけてくる奈央に、葵の抱える影をむやみに暴こうなんて気持ちは感じられない。そこにあるのはただ葵の苦しさを理解してやりたいと願う優しさだけ。
でもすでに泣きそうな顔になっている彼にはまだ、全てを晒すことは出来ない。
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