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act.2追憶プレリュード<146>
「”事故”だよ、不幸なね。馬鹿な遊びに付き合わせた上野、ちゃんと叱らないとな」
冬耶がそう言えば、奈央は一瞬訝しげな視線を返してきたが、すぐにそれを取り払って真面目に頷いてくれる。奈央のそういう素直な部分が信頼に値するのだ。
「なっちもまだ仕事、残ってるだろ?行ってきな。帰る時また声かけるよ。その時はちゃんとあーちゃんのこと、笑顔で見送ってやって」
「……はい」
奈央は京介や都古のように、不満そうな顔はしない。きっと不安に思うことや聞きたいことが山ほどあるだろうが、例え聞かれたとしても冬耶は今きちんと答えてやるつもりはなかった。それを奈央自身も分かっているのだろう。
その聡さもまた、彼の良い所だ。
「なっちと仲良くなれてよかったね、あーちゃん」
奈央が部屋を出て行った後、自分もこっそり葵の横に寝そべりながら冬耶はそう話しかけた。
二人を引き合わせたのは他でもない冬耶だ。人懐っこいようでかなりの引っ込み思案な葵でも、奈央ほど優しく穏やかな人物ならきっと仲良くなれると思ったのだ。
それに奈央もストレスは内に溜め込みすぎるタイプ。どこか似た不安定さを持つ二人なら深い部分でも分かり合える、そう感じていた。読み通り、冬耶が少し妬くぐらい親しくなってくれた。
「なっち、きっと寝てないよあの顔は。いっぱい心配してくれたんだろうな。皆にこんなに愛されてるのに、どうして分からないかなぁもう」
周囲から与えられる愛情の深さにちっとも気付いていない葵が時折恨めしくなる。幼い頃から相も変わらず自分を大事にしてくれないところも、だ。
葵を愛する人間が一人でも多く増えてくれれば、そして葵がその気持ちに応えたいと願ってくれれば、違う世界へ行こうなどと血迷ったことを考えずに済むだろう、そう思っていた。そしてそれは上手く行っているように思えたのだが。
まだまだ十分ではない。
それに、葵が求めている愛情は昔から何一つ変わらない。
親からの愛、ただそれだけなのだ。
「ねぇあーちゃん。あーちゃんがもし願うなら、俺がママにもパパにもなってあげるよ」
”お兄ちゃん”になると宣言したあの日のように。周りから馬鹿だとか、非現実的だと笑われようと、冬耶にはそのぐらいの覚悟はある。
西名冬耶という一人の男としての愛情は、まだ葵には早いから。本気の愛を口にするのは葵が眠りについている時だけ。
「愛してるよ、あーちゃん」
冬耶は誰も居ない空間でそっと、誓うように葵の白い手の甲にキスを落としてみせた。
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