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act.2追憶プレリュード<148>

「「西名先輩!」」 思わず呼んでしまったのはいつも自分を無視する都古ではなく、比較的相手をしてくれる京介のほう。その声が二重に重なったことに気が付いて見やれば、爽も自分と同じように席を立っていた。 一瞬互いの視線が絡むが、爽のほうからフイッと目を逸らされてしまう。 「なんだよ、あいつ」 思わず口をついて爽への悪態をつくが、喧嘩の続きを行うよりも、葵の事が気になって仕方ない。 けれど歩み寄ろうとすると、すぐ傍のテーブルから弾丸のように飛び出た人物に先を越されてしまった。 「こらぁぁぁ京介っち!馬鹿!アホ!電話出ろ!」 「うるせぇ七瀬。騒ぐな、悪かったって」 思い切り飛び蹴りしてきた七瀬を軽く受け止めつつも、京介はいつものように怒鳴り返したりはしない。それどころか七瀬に謝る素振りを見せる。何かあったのだと思わせるには十分だった。 七瀬が恋人である綾瀬以外に大事にしている存在は葵に他ならない。双子が喧嘩を始めた時も、葵のことを思って体を張って止めて来られたのだから、聖はそれを理解しているつもりだ。 「後で話すから、とりあえず騒ぐな」 キィキィとわめく七瀬に対し、都古のほうは我関せずという様子で自分に与えられた席へと早々に向かってしまうが、京介のほうはそんな言葉でなだめにかかっている。 “後で話す”、その言葉が気にかかる。けれど京介が話しかけたのはあくまで七瀬に対して。 傍で行き場がなく佇むしか無い聖と、そして爽に掛けられた言葉ではなかった。きっと聞いても教えてもらえないだろう。そんな諦めにも似た感情が浮かんでくる。 けれど、そのまま二人の間を通り過ぎるかに思われた京介はポンと二人の肩を叩いてきた。 「お前ら、早く元通りになれよ」 それだけ言い残して京介は立ち去ってしまう。京介の顔には疲れが滲んでいたが、いつも眉間に寄せている皺は、二人に話しかけた時に少しだけ緩くなった。 “元通り”と彼が表するものが何なのか、分からないわけではない。相棒に視線をちらりと投げかければ、やはり爽もこちらを見つめていた。

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