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act.2追憶プレリュード<153>

「前みたいに、練習したの。でも、だめ、だった。そうだ、夜お部屋来てって言われたのに、その約束も、守れなかった。どうしよう。どうしよう、お兄ちゃん」 「あーちゃん、落ち着いて。大丈夫」 自分を真っ直ぐに見上げてきた葵の大きな瞳からいつのまにかポロポロと涙がこぼれ落ちてきてしまう。明らかに取り乱し始めた様子の葵に、冬耶もすかさず抱きしめる腕に力を込めた。 「嫌われちゃう」 「大丈夫、北条はあーちゃんのこと大好きだから、安心して」 それまでの生活を一変させるほど忍が葵を可愛がっていることは紛れもない事実。でも葵にはそれが伝わらないどころか、本気で嫌われる心配をしている。 絶対にそんなことはない、そう冬耶は言い切れるが、かといってこの問題を放置することも難しかった。 「お兄ちゃんから話そうか、北条に」 以前も一度した提案。 名字ではなく違う呼び方をしてほしいと言われたのだと、葵から相談された時、名前を呼ぶ練習相手になったのは他でもない冬耶で、それが失敗したことも当然知っている。 その時にも自分からワケを話すと提案したのだが、葵にはもう少し頑張る、といって断られたのだ。でも次はそうも行かないだろう。 「北条とこれからも仲良くしていくには、やっぱり避けて通れないだろうし。な?あーちゃん」 葵の口からは言いにくいだろうからと提案を重ねてみるが、葵は変わらず、髪色よりも深い蜂蜜色をした瞳を濡らしながら首を横に振ってくる。 「もっと練習する。がんばる」 頑張ってまたこうして心を壊してほしくない。それにきっと忍だって、辛い思いをさせてまで呼んでほしくはないだろう。そう思うのだが、葵は自分でなんとか解決する方法を模索している。健気な性質が恨めしい。 「じゃああーちゃん、一人で練習しないで。お兄ちゃんと練習しよう。それは約束して」 半ば強引に小指同士を絡ませれば、今度は素直に頷いてくれた。その瞬間にまた頬を涙が伝っていく。 思いを通じ合わせるまで唇にはキスをしない。冬耶はそう決めているが、涙を拭うために頬に口付けるぐらいは許して欲しい。 同じ布団の中に潜り込んでいるという状況で柔らかな頬の感触を味わえば、兄してではない感情がつい熱くなってしまいそうだが、それを堪えることなど冬耶にとっては慣れきったこと。

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