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act.2追憶プレリュード<160>

「あ、それ美味しいやつじゃん、高山さん貰っちゃいなよ」 背後からひょいっと現れて人懐っこく笑いかけてきたのは、つい先程奈央から声を掛けようと思っていた人物の一人、七瀬だった。 七瀬は未里とは対照的に、年下だと言うのに全く敬語を使ってこないのだが、奈央は嫌な気持ちになどなったことはない。 「ちょうだい、それ」 七瀬は恐れること無く未里にも話しかけてしまう。小さな手を伸ばし期待に満ちた顔をされた未里は、一瞬その手を避けるように紙袋を隠す素振りを見せたが、奈央の手前すぐに笑顔を取り戻した。 「奈央さまと、食べてくださいね」 せめてもの抵抗として未里は奈央の名を出したが、七瀬の耳には完全に入っていないようだ。 「ね、高山さん。これ葵ちゃんにもあげようよ。こういうの好きだよ」 「そうだね、前も気に入ってくれてたからきっと……」 七瀬に無邪気に見上げられた奈央はつい、前回貰ったものも葵に与えていたことを口にしてしまう。その瞬間未里の目線がきつくなったのは、鈍いと言われがちの奈央でも分かる。 「あ、ごめん」 「いえ、皆さんで召し上がっていただけて嬉しいです」 勝手におすそ分けしていたことを謝れば、未里はすぐさまいつもの調子で取り繕ってみせた。そして、名前が出た葵のことをごく自然に話題にあげてくる。 「そういえば、葵さんどうしたんですか?姿、見えないですけど。もしかして昨日ので風邪、引いちゃったんですか?」 矢継ぎ早に尋ねてくる未里は、奈央の目からは純粋に葵を心配しているように見える。だが、早速菓子の袋を開封し始めていた七瀬は違うらしい。 「ね、高山さん。葵ちゃんと仲良いの?この人」 “この人”と無遠慮に未里を指差す七瀬の表情は険しい。仲が良くはない、それは正式な回答ではあるが、本人を目の前にしてはなかなか口に出しづらいものがある。 困った奈央を助けたのは、七瀬の双子の兄弟であり、恋人でもある綾瀬。 「なな、指を指すのはやめなさい」 「だって、なんかこの人やだ」 セーターの袖から突き出された指を握って綾瀬がいさめれば、七瀬はふてくされたように更に失礼な発言を口にし始めた。 “やだ”とストレートに言われた未里は今度こそ表情を歪めて、”失礼します”とだけ言って立ち去ってしまった。 未里が数歩歩くと、周りをうろついていた生徒たちが数名、その後を慌てて追い始めた。そこでようやく、彼らが未里の取り巻きだったのだと気が付く。

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