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act.2追憶プレリュード<162>

いよいよ別館の扉が見えてきたという頃、奈央はそのチョコレート色の扉の前に誰かがしゃがみこんでいるのに気が付いた。 綺麗に整えられた黒髪に、真白いセーター。少し物憂げに目を細める横顔は少しだけきつい印象を与えるが、麗しく整っている。 「……絹川くん?」 そこを通るには声を掛けざるをえない。双子のうちのどちらかは見分けが付かないが、奈央は無難に名字で彼を呼びかけた。すると、彼はまるで救世主でも現れたかのようにパッと表情を明るくして立ち上がってくる。 「良かった、誰もここ通らなかったから不安で。葵先輩ってまだ帰ってないですよね?」 「まだ居ると思うけど……」 彼の目的はやはり葵らしい。けれど、明らかに会いたがっている様子の彼を奈央の独断で通すわけにはいかない。葵は普通の状態ではないからだ。 「葵先輩に会いたいんです」 やはり彼はストレートに願望を告げてきた。ここで追い返すのも葵に何かあったのだと思わせてしまうし、かといって考え無しに会わせることも出来なかった。 けれど、真っ直ぐにこちらを見つめてくる彼は一歩だって引く気配がない。 仕方なく奈央は、判断を冬耶に任せることにした。彼を待たせて冬耶にメールを送ればすぐに”OK”と返ってくる。そのあまりのあっけなさに、本当に大丈夫なのかと不安がこみ上げてしまうが、冬耶が言うなら大丈夫なのだろう。 入室を許可されてはしゃいだ様子の彼に、奈央は一つだけ確認を行う。 「冬耶さんに会ったこと、ないよね?」 「トウヤさん?あぁ、名前聞いたことあります。去年の生徒会長ですよね」 「そう、それで西名くんのお兄さん。葵くんのお兄さんみたいな存在でもある」 本当は”みたい”ではなく、実の兄弟以上に密な関係の二人ではあるが、簡単に説明することは出来ない。建前上、奈央はそうして彼らの繋がりを告げた。 紅茶と焼き菓子の香りが漂ってくる廊下を抜けて、発信源である談話室前に到着すると、奈央は大人しく後をついてきた彼に忠告を与える。 「冬耶さん、かなり変わってる方だから。気をつけてね」 具体的に何をどう気をつければいいのかは表現が難しいのだが、彼は奈央の知る限り、悪意なく周りを挑発する素振りをすることがある。冬耶に敵とみなされてしまえばとてつもなく苦労するはず。 冬耶の予備知識もなく、免疫もない彼にそのぐらいの警戒心を与えても無駄ではないはずだ。 注意された彼のほうは生憎ピンと来ていないようで、形式的な頷きだけを返してくる。この扉の向こうに葵が居ると分かっているのだから早く会いたくて仕方ないのだろう。 彼の期待を一心に受けて、奈央は扉のノブを回した。

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