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act.2追憶プレリュード<163>

* * * * * * 「帰り、どうしよう」 自室で荷物をまとめながら、爽はここから寮までの帰り道への心配が思わず口から溢れてしまう。 行きは撮影を終えてからの合流だったため、聖と二人、タクシーを捕まえてここまでやって来た。帰りは学園が用意したバスでも良いし、行きと同じようにタクシーを呼ぶのも有りだ。 だが聖とは絶賛喧嘩中である。一人で移動するのは少しだけ不安だった。 そう言えばいつもこうして選択を迫られたとき、率先して行動を起こしてくれたのは聖だった。聖が指摘した”自分の背中に隠れている”と爽を評したのはあながち間違いではない。 間違いではないから腹が立ったのだ。 だから朝食時、せっかく聖が歩み寄ってこようと努力していたのを、爽のほうから突っぱねてしまった。寂しさはあるが、今更爽から謝ることなど出来ない。 「絹川、バス乗ってく?そろそろ時間だよ」 荷物を前に固まる爽に、同室者の二年生が声を掛けてきた。 初日に聖と二人掛かりで葵を襲っていた所を目撃している彼は、歓迎会の途中から聖と仲違いしていることを察しているらしい。初めは無愛想だと思った彼がこうして気遣ってくれることは爽にとっては恥ずかしさもあったが、素直にありがたかった。 このまま彼に着いていって聖を置いて学園まで帰ってしまおうか。 爽がそんなことを思い始めた時だった。 ポケット越しに振動を感じて、爽はすぐに鳴り続ける携帯を取り出した。画面を見れば、表示されているのは”聖”の一文字。 いつもなら迷わず出る電話も、今は気まずくてすぐに操作が出来ない。そうして迷っている間に電話は切れてしまった。 仲直りのチャンスを今度こそ逃してしまったかもしれない。急激に後悔がこみ上げてくるが、今更遅い。 きっと聖の性格上、もう一度電話してくることはないだろう。 爽のその予想は確かに当たっていたが、聖は電話ではなくメールを寄越してきた。そこには思いもしない言葉が並べられている。 「すいません、俺、バスには乗らないっす」 「そう、わかった」 表情が変わった爽に対して、同室者の彼は何も事情を聞かずにあっさりと出ていった。その背中を見送り、爽も自身のキャリーバックを引いて部屋を後にする。 向かう先は正面ロータリーで待機しているバスではなく、真反対の方面にある別館。聖からのメールには葵と共にそこで待っていると、ただそれだけが記されていた。 聖だけが待っているとなれば今の爽は電話と同じように無視していたかもしれないが、葵の名前があればそうも行かない。

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