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act.2追憶プレリュード<165>
「爽くんと仲直り、したいんだって」
「え?……え?」
まさか聖がそんな目的の元で葵を訪ねたとは、普段は聖の思考が手に取るように分かる爽でも想像の範疇をはるかに超えていた。
聖は器用で自由奔放で、そして何よりプライドが高い。そして大好きな葵に対しては年下ということを感じさせないようカッコつけがち。
そんな彼が葵に助けを求めるほど、自分との仲違いに追い詰められているとは思わなかった。
「なんで、ケンカしちゃったの?」
ぽんぽんと自分の隣を示しながら、葵がいたって穏やかな声音で爽に語りかけてくる。誘いを素直に受け入れて葵の横に腰掛けながら、爽はこの喧嘩の発端を思い起こした。
歓迎会の初日、自分たちの違いが分かるかどうか、なんて適当な理由で葵に仕掛けたキス。先に口付けた聖が爽になかなか順番を回してくれず堪能していたことに腹がたったのが最初のきっかけだ。
いや、その前から少しずつ鬱憤は溜まっていたのかもしれない。なにせ、一人を巡って聖とライバル関係になるなんて初めての経験で、何もかもが爽の思い通りに行かない。
「葵先輩が、聖とばっかり仲良くするから」
兄と名乗って心底葵を溺愛している様子の冬耶の前で、まさか騙し討ちのように襲ったことを口にするのは憚られる。爽は出来るだけ詳細を省いて、ただそう伝えた。
「聖くんとばっかり?そんなこと、ないのに」
もっと違う理由だと思っていたらしい葵は、爽の言葉に驚いたように目を丸くし、そして不思議そうに首を傾げてくる。その仕草すら愛らしいが、爽の気持ちにちっとも気付いてくれないところは少し憎らしくもある。
冬耶はただ成り行きを見守るように葵に対して温かな視線を送っているだけで口を挟んでは来ない。
「でも、いつも俺達のこと呼ぶの聖のほうが先じゃないですか。聖が兄さんだから?」
自分でもくだらないことに妬いているのは分かっている。しかしここまで来たら日頃、名を呼ばれる度に劣等感を覚えていることを伝えてしまいたい。
だが、葵から返ってきたのは思い切り気の抜ける答え。
「ちがうよ、五十音順」
「……はい!?」
確かに葵の言うとおり、”セイ”と”ソウ”なら聖のほうが先の順番ではある。だがあまりにも斜め上の思考回路。葵にバレないよう、冬耶が笑いを噛み殺しているのも見えた。
「爽くんが先でもいいよ?」
「や、なんか、もういいです。すみません」
出会ったときからこうだった。会話が噛み合わなくて、でも葵独特の平和なペースに巻き込まれるのがたまらなく心地良い。
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