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act.2追憶プレリュード<169>

「だからさ、京介っち。ななに葵ちゃん抱かれたくなかったら頑張れよ!」 「なんつー応援だよ」 パシンと小柄な体に似合わないくらい強く背中を叩かれて、京介も綾瀬と同じく頭痛を覚える。しかも七瀬が抱く側なのか、と妙な所でもやもやとさせられる。 七瀬と違って性知識皆無な葵が受け身になるのは自然か、それとも葵のほうが七瀬よりも背は高いのだから絵的には逆がしっくりくるのだろうか。 そこまで考えて、こんな馬鹿らしいことを本気で悩むことこそ七瀬の思うツボな気がして京介は考えるのをやめた。 相変わらず騒がしい七瀬と、そしてうなだれ続ける綾瀬を引き連れて、ようやく京介は葵の待つ別館へと向かうことが出来た。建物前に到着すればちょうど皆が正面玄関から荷物を持って出始めているところだった。 「葵ちゃん!見て、これ、チョコレート!」 ここでも七瀬は葵の姿を見つけるなり全速力で駆け出し始める。その声は相も変わらず大きい。 うるさい、そう注意したいが、呼びかけられた葵が七瀬を見つけるなり嬉しそうに笑ってみせるから京介は口を挟むのをやめた。 葵は昨夜裸足で湖畔を彷徨ったせいか、足裏にも傷を負っている。深いものではないが、靴を履かせて歩かせるのは憚られるのか、都古が葵を背負う役目を担っていた。 「都古くん、屈んで。葵ちゃんに食べさせるんだから」 小柄な七瀬では都古の背に乗った葵の口元までチョコレートを運べない。ご主人様以外に命令されて都古は一瞬ムッとしたが、それが葵を喜ばせることだと判断したのか、比較的大人しく七瀬の手が届くよう身を屈めてみせた。 「これ、美味しいんだよ。ほら、あーん」 七瀬がずっと手にしていた紙袋から取り出した包み紙を破り、中身を葵の口元まで運べば、葵は素直にその口を開く。 その光景を見ていると隣に居た綾瀬が教えてくれた。七瀬が持っている菓子は奈央のファンが奈央のために用意したものなのだ、と。 「なに、アイツ盗んだの?」 「盗んだっていうか、奪った?」 「同じだよ。ったく、何自分のものみてーに堂々と葵に与えてんだよ」 どこまでもやりたい放題の七瀬に呆れるのもそろそろ疲れてきた。けれど、綾瀬に恋人を選べなおせと忠告すれば、真顔で反論される。 「ななはいい子だよ」 そこは否定しない。中等部で出会った頃から、七瀬は同級生に京介以外親しい相手がいなかった葵を随分明るく変化させてくれた。葵にとってはじめての”友達”という存在が七瀬だ。感謝はしている。 けれど、暴走癖があるのは直してもらいたい。

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