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act.2追憶プレリュード<170>

「荷物積み終わったよ、そろそろ行こうか」 京介が人知れず溜息を零せば、裏門に停めた車から冬耶が戻ってきた。そろそろ二泊三日の歓迎会も終わりの時間。 忍や櫻、奈央、そしていつからこの場に合流していたのか、聖と爽の双子まで葵を見送りに来てきた。 「「西名先輩!俺ら元通りになったんで」」 目が合えば、双子は寸分狂わず声を重ねて微笑んできた。双子の喧嘩で葵が胸を痛めているのは見ていられなかったから仲直りしてくれたのは喜ばしいが、今まで以上に結託した様子の彼らがこれからどう葵にアプローチするのか。不安に感じるのが正直な気持ちだ。 生徒会の先輩たち、初めて出来た親しい後輩。そして同級生の友人。 幼い頃は葵がこんなにも沢山の人に囲まれて笑顔を浮かべるなんて、想像もしていなかった。 これで良かった。葵にとってこれは幸せなことだ。 そう思う反面、いつも自分にぴたりとくっついて、ビクビクと怯えていた葵が懐かしくもある。あの頃から冬耶や遥は傍にいたけれど、それでも京介だけの葵だった。 冬耶が招いた車に乗り込む葵は少しだけ不安気だったが、都古が寄り添っているからか取り乱しはしない。それどころか見送りの皆に柔らかく微笑んで手さえ振っている。 ひたすら葵が笑える環境を作ることに必死になっている兄、冬耶に比べて、嫉妬する自分が小さく思えていたたまれない。 けれど、後部座席の扉から顔を覗かせた葵がこちらに手を伸ばしていることに気が付いて、込み上がっていた黒い感情がフッと緩む。 「京ちゃん」 傷ついた手が今求めているのは間違いなく京介。その事実だけで随分と救われた。京介が葵の元に歩み寄ってやれば、京介のシャツの裾を掴んでくいくいと遠慮がちに引っ張られる。 「なんだよ」 「……ここ、座って」 葵が示したのは自分の隣のシート。今朝病院から戻ってきた時には、冬耶の施したメルヘンな内装が嫌で助手席に座っていたし、家までの道のりもそうするつもりだった。けれど、愛しい存在にねだられれば断るわけにはいかない。 「みゃーちゃんと京ちゃんの真ん中がいいの」 「ったく、ガキ」 葵と二人きりが良かったのだろう猫からはギロリと睨みつけられてしまうが、京介は構わずに葵の隣に滑り込んだ。扉を閉めれば、冬耶が見計らったように車のアクセルペダルを踏む。 「葵、飲むか?」 冬耶が運転しているとあって、苦手な車に乗っているとはいえ葵は大人しく耐えている。けれど顔色はどうしても青さが拭えない。気を紛らわせるために、出掛け際に用意させたマグボトルを渡せば、葵は小さく頷いてそれを受け取った。 恐る恐るボトルを開けた葵はすぐに香りで中身に気が付いた。 「りんごジュースだ」 「そ、好きだろ」 幼い頃から随分と長い時間を共に過ごしている。葵の好みなど分かりきっていた。嬉しそうにこくりと飲み始める葵の横顔を見ながら京介は特定の誰かに対するものではない優越感に浸る。

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