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act.3君と星の世界へ<2>
「葵、まっすぐ帰りたい?」
ようやく駅が見え始めた頃、京介からそんな問いかけをされた。
「え、だって今日は帰って皆でお昼食べようって」
「そう。けど、これからしばらく家に居続けるんだからいくらでもあいつらと飯食えるだろ。どうする?」
はっきりとは言ってくれないが、京介が二人きりで寄り道をしたがっているのは間違いない。茶色い瞳に見下ろされて、葵は少しだけ答えを迷ってみせる。
家には自分の親代わりとなってくれている京介、冬耶の両親が帰りを待ってくれている。父、陽平にいたってはわざわざ仕事の都合までつけて、だ。即答でその約束を反故にするのは難しい。
京介と二人で過ごしたくないわけではないが、家族との時間も待ち遠しい。天秤にかけたまま決断出来ない葵を見て、痺れを切らした京介からは小さく舌打ちをされてしまった。
「もういいよ。お前、都古の我儘はいつも聞くくせに」
そう言って葵が髪と瞳を隠すために目深に被ったキャップを少しだけずらして素早く落とされたキス。けれど、葵が何か言う前にくるりと背を向け、また無言で葵の手を引っ張って歩きだしてしまう。
「京ちゃん、ごめん!行こ?」
「もういい」
さっきよりも少し早い歩調。懸命に着いていきながら謝罪を口にすれば、拗ねたような口調でただそれだけ返される。
喧嘩、ではない。
京介は葵の手をしっかりと握っていて離さないし、辿り着いた駅では代わりに切符も買ってくれる。もっと言えば、寮からずっと葵の荷物も持ってくれているのだ。葵には随分優しくしてくれている、そう思う。
でも京介は時々こんな風に葵が思いもしないところで怒る。それがどうしてなのか分からず、葵を悩ませるのだ。
「お家、帰りたくなかった?」
浮かんだ可能性を口にすれば、電車の車内広告を興味なさげに見上げていた京介からは呆れたような視線が落とされる。
「馬鹿、ちげーよ」
それだけ言ってまた京介は無言になってしまった。京介となら言葉を交わさなくともその沈黙の時間は気まずくない。けれど、こうして少しだけすれ違ってしまった状態では寂しさがこみ上げてくる。
電車に乗り込み、周囲に人が増えてから京介は繋いだ手を離してきた。それも葵の寂しさを煽る。
学園や家以外の人前ではくっつきたがらない京介にはまた怒られてしまうだろうか。そんな心配をせずには居られないが、葵はそっと京介のシャツの裾を掴んでみる。
すると、視線は葵から外したまま、吊革に捕まっていた京介の手が降りてきて葵の手を掴んでくれた。いつものように指を絡ませた繋ぎ方ではないし、どちらかというと京介の大きな手にすっぽりと覆われるような握られ方だが、それだけでも十分だ。
「京ちゃん、大好き」
思わず口をついて出てくるのはそんな言葉。京介からはまた”馬鹿”と言われてしまった。
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