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act.3君と星の世界へ<4>

賑やかな昼食の時間が終われば、京介は少し寝るとだけ言って部屋にこもってしまってまた葵を寂しがらせるが、代わりに陽平が庭へと連れ出してくれた。 紗耶香が丁寧に手入れしている芝生の上に置かれた大きなビニールプールに目一杯水を張って、その上に陽平自慢のラジコンボートが浮かべられる。 「葵、何色がいい?」 「あ、見てるよ、お父さんがやってるとこ」 「ダメだって、ほら」 リモコンを渡されそうになって慌てて葵は首を横に振るが、強引に青色のボートのリモコンを手に握らされた。スポーツだけではなく、こんな遊びも葵は苦手だ。嫌いではないが、うまく出来ない。 いつも子供のような趣味を持つ陽平の遊び相手になるのは冬耶の役目だったし、葵はそんな二人を見ているのが好きだ。けれど、今大学で勉強中の冬耶の代わりとして自分が選ばれてしまえば、不安は隠しきれない。 「あのな、葵、うまく出来なくてもいいんだって。たかがおもちゃだぞ?楽しければそれでいいんだから」 葵の不安を読み取って、陽平がそう言い聞かせてくる。葵の苦手なものをこうしていくつも克服させてくれたのは彼の存在が大きい。 陽平の説得に頷き、早速スイッチを入れてみよう、そう思った時だった。 「葵ちゃん、遊ぶ前にこっちおいで」 窓から顔を出した紗耶香に少し厳しい声で呼ばれてしまう。何か怒られるようなことをしてしまっただろうか。途端に不安になって恐る恐る近づけば、紗耶香が手に持っていたネイビーのキャップを葵に被せてくる。 そして、もう一つ、チューブの蓋を開けて、中からひねり出したクリームを自身の手に伸ばし始める。 「天気良いから日に焼けちゃうでしょ。陽平はどうでも良いけど、葵ちゃんは肌弱いんだから」 紗耶香の言葉で、葵の顔や手の甲、首筋など露出している部分の肌に手早く塗られたそれが日焼け止めなのだとようやく葵は理解する。 「こうして一緒にいる時は塗ってあげられるけど、自分で気をつけられるようにならないと。ね?」 「はい、ごめんなさい」 素直に謝れば、褒めるようにギュッと抱き締められる。紗耶香も女性にしては長身で、葵よりも背が高い。若い頃モデルをやっていたという経歴も納得のすらりとした体型だ。けれど、男性陣とは違う柔らかさがある。 母親から抱き締められたことなどない葵は、初めはその感触に慣れなくて、戸惑ってしまっていたが、今ではしっかりと彼女の愛情を受け取って安心することが出来る。 それでもたまに思う。自分の母親にも一度でいいからこんな風に抱きしめてもらいたかった、と。 陽平に渡されたリモコンでボードを操りながら、葵はちらりと庭の植木から覗く隣家に視線をやった。 それは葵の本当の家。越してきたばかりの頃は眩しいぐらいの真白かった壁には今では蔦が張り巡らされている。長い間誰も立ち入っていない証拠だった。 「葵、よそ見していると抜かしちゃうぞ」 「あ、ダメ、待って」 葵がどこに意識を向けていたか察したのかもしれない。陽平が声を掛けてくるだけでなく、葵が懸命に動かしていた青色のボードに自身の赤色のボードをぶつけてくるから、葵は強制的に視線を戻す羽目になった。

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