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act.3君と星の世界へ<7>

「ありがとうございました」 きちんと頭を下げて御礼を言えば、顔を上げた瞬間、被っていたキャップが無造作に奪われた。 心の準備が出来ていなかった葵は思わず、自分の髪を隠すように両手で頭を覆う。家族も、そして学園内で葵と親しくしている人も皆、この髪を優しく撫でてくれるが、生みの母親には”欠陥”だと、そんな風に表現されてきた。 これは病気で移るかもしれないから。そんな風に母は言って触れるのさえ嫌がった。実の母親にそんな態度を取られていた葵を見て、近所の人たちも気味悪がるようになったのは無理もない。 だから外では髪を晒したくない。自分が傷つくだけなのは分かっているからだ。 「どうして隠すの?夕焼け色になってすごく綺麗なのに」 彼は葵の行動などお構いなしに、髪を一房手にとってそう告げてきた。確かに淡い色彩の葵の髪は、強い色に照らされるとその色に染められたように反射する。 「君のパパも、この髪が大好きだったでしょう?」 「……パパ?」 青年が告げてきた思わぬ言葉に、葵も久しぶりにその単語を口にしてしまった。ガチャリと、心の奥底に仕舞い込んでいた記憶の扉の鍵が開く音がする。 “葵は本当にキレイだね” “パパの自慢のお人形だよ” 甘ったるい声音と、美しい微笑み。母親の記憶とは反対に、父親からの言葉は葵を蔑むようなニュアンスは含まれていない。ではどうして母親以上にその存在の記憶を封じ込めているのか。 思い出そうとして、ズキンと頭が痛くなる。 「もしかして、パパのこと忘れてるの?」 葵の態度を見透かしたように青年が尋ねてきた。サングラスに隠されて相変わらず表情が読めないが、口調はどこか楽しげだ。 「ママとシノブのことも忘れたの?」 動揺しきって何も答えられない葵を追い詰めるように更に彼は言葉を重ねる。その台詞にはどこか覚えがあった。 「……あ、写真」 歓迎会の日の朝、寮に届けられていた幼い頃の葵が映った写真。その裏に書かれていたメッセージと同じだ。送り主は目の前の彼だろうか。なぜ、どうして。彼は誰なのか。葵の頭が更に混乱でかき乱される。

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