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act.3君と星の世界へ<8>
「家族ごっこなんてしてるから大事なことを忘れるんだよ、葵。あっちは偽物。葵の本物の家族はちゃんと居るでしょう?」
青年ははじめて葵の名を呼んだ。やはり彼は葵のことをよく知っているらしい。何も言葉を発せずにぱくぱくと唇を震わせることしかできない葵の顎を掴んでグッと上向かせた彼は、また口元だけニコリと歪ませる。
「ちゃんと思い出すんだよ、葵の家族が誰か。そしてよく考えて。どうして西名が葵の家族を名乗り出たのか。そこに何のメリットがあったのか」
まるで西名家が葵を救ってくれた裏に何かがあるような口ぶり。唇だけではない、今や葵の体も完全に恐怖で震えてしまっている。
怖い、怖くて仕方がない。早く帰りたい。そう思うのに、彼の真意が気になって温かなはずの家に戻ることすら願うことが出来ない。
「愛してるよ、またね葵」
言葉を失った葵の様子に満足したのか、彼はそう言い残して立ち去ってしまった。
しばらくそうして夕焼けの中に立ちすくんでいた葵が再び動くことが出来たのは、完全に日が落ちてからのことだった。
「……あ、潰れてる」
彼がその場に放置した買い物袋を手に取れば、買ったばかりの卵が割れてぐしゃぐしゃになっていた。
こんなことで紗耶香は怒らない。頭では分かっているのに、青年の言い残した言葉が頭をぐるぐると巡ってなかなか家へと足が向かない。
“偽物の家族”
それは間違いない。葵だけ、西名家では異質の存在であるのは間違いないのだ。それでも彼らは全力で葵を愛してくれているし、葵もそれに応えたいと思っている。
けれど、それは真実ではないのだろうか。
不安と共に涙が込み上げてくる。
ぼやけた視界のままアテもなく歩き始めた葵は今ここがどこかも、何時なのかも分からなくなってきていた。
ただ、歩き続けたせいで、歓迎会で負った足裏の傷口が少しだけ開いてしまったらしいことは気が付いた。
痛くてもう歩きたくない。そんな葵を救うように、目の前に公園が現れた。もうすっかり日が暮れているせいか、公園内には誰もいない。
ベンチよりも手前にあったブランコに腰掛けた葵は、ただひたすらさっき出逢った青年の言葉を反芻する。
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