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act.3君と星の世界へ<9>
「パパ、ママと、シ、ノブ……家族ごっこ、偽物の、家族」
“シノブ”の名前は相変わらずスムーズに口に出すことが出来ないが、ブランコを揺らす動作と共に何度も何度も同じ言葉を繰り返す。けれどさっぱり理解できない。彼が何者なのかも分からない。
言い知れぬ不安でいっぱいになって、ちっとも涙は乾いてくれない。いつのまにか反芻することも出来なくなり、ただただ、泣きじゃくることしか出来なくなってきた。
そんなときだった。
ザッと砂を抉る音がしたかと思えば、目の前にオレンジ色のクロスバイクが停められた。
「どこのガキがびーびー泣いてんのかと思ったら」
呆れたような低い声音はよく聞き知っている。慌てて涙を拭えば、やはりそこに居たのは京介だった。
「お前、こんなトコで何やってんだよ」
スタンドを立ててこちらに歩み寄ってきた京介の表情は少し怒っているようだ。けれど、ブランコに座る葵の目の前まで来ると、ギュッと強く抱き締めてくれる。
「これ以上見つからなかったら警察届けようかと思った」
その言葉で、京介が帰りの遅い葵を心配して探し回ってくれていたのだと悟った。”ごめんなさい”。素直な謝罪は、泣きすぎて枯れた声ではしっかりと紡がれない。
「何、お前。卵割ったから泣いてんのか」
「……ちがう」
葵が足元に置いていた買い物袋に視線をやってすぐに惨状に気が付いた京介がこの失踪の理由を予測してくる。もちろん違うのだが、京介には”馬鹿”と叱られてしまった。
「まぁいいや。ちょっと待ってな、兄貴と親父にも見つかったって連絡入れるから」
葵を探してくれていたのは京介だけではなかったらしい。携帯を取り出した京介がすぐに家族に連絡を入れる様子を見ながら、葵は罪悪感で胸が苦しくなった。
「で、何があった?」
ひとしきり連絡を入れ終えた京介は、改めて葵と正面から向き合ってくれる。さすがに京介も葵がおつかいをまともに出来なかっただけで家に帰れなくなるなんて思っていないのだろう。
「なんでも、ない」
「んなわけねぇだろ。そんなんで納得すると思うか?」
「でも、なんでも、ない」
言い訳をすればきっとボロが出てしまう。だから葵はただひたすら何も無かったと言い張ることしか出来ない。何度かそうして意地を張り続けていれば、ようやく諦めたように京介が溜息をついた。
「お前はさ、なんでいつもそうなの?」
涙で濡れた頬を自分の手の甲で拭ってくれる京介の口調はやはり呆れが含まれているが、柔らかい。
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