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act.3君と星の世界へ<10>

「ちっこい頃からそうだよな。勝手に傷ついて、泣いて、で、逃げる。なんで俺んとこに来るって選択肢はないわけ?俺はお前に必要ない?」 そんなわけがない。葵は懸命に首を横に振って訴える。また少し、涙が溢れてきてしまう。 「じゃあ来いよ」 そう言って京介は葵の手を引いて自分の腕の中に飛び込ませた。何度も何度も味わっているはずなのに、京介に抱き締められると途端に強張っていた体の力が抜けるほど安心する。 人目に触れることさえ怖いはずの髪も、京介が優しく撫でてくれれば好きになれそうだった。 「帽子、被ってかなかったのか?それで何か言われた?」 いつも出歩く際に被っているはずのキャップ。それが無いことに気が付いた京介が新たな予測を立ててきた。言われてみれば、あの青年にキャップを取られたままになっていて、今は思い切り髪を晒してしまっている状態だった。 「葵?」 確かめるように尋ねられ、葵は思わず頷いてしまった。被ってこなかったわけではないが、それを取られて言われた言葉が引き金になったのは確かだ。嘘をつくのは嫌だから、そう無理やり結論づける。 「くだらねぇ奴らの言うことなんて耳貸すなって言ってんだろ」 「ごめんなさい」 「ったく。……帰るぞ、葵。腹減った」 葵をここでこれ以上追及するのはやめにしたらしい。京介はそう言って停めていたクロスバイクまで葵の手を引いてくれる。 「後ろ乗っけらんないから。歩けるか?」 普通の自転車よりもタイヤが細いクロスバイクは確かに二人乗りには不向きだ。葵も自分自身のバランスの悪さを自覚しているから、京介の問いには大人しく頷いた。 けれど、一緒になって歩いてくれようとする京介に促されても、なかなか足が前に進まない。 「京ちゃん……帰っても、いいの?」 迎えに来てくれた京介に言うべき言葉ではない。それは分かって入るものの、やはり頭の中で青年の言葉がくすぶっていて、”帰宅”が不安なのだ。 「ばーか、お前が帰んなきゃ飯が食えねぇんだよ。早くしろ」 乱暴な言い方だが、京介はクロスバイクを引く手とは反対の手を差し伸べてくれる。 まだ少し不安はある。だが、”帰りたい”、その気持ちのほうが遥かに上回ってきた。だから葵は伸ばされた手に自分の手を重ねる。 葵の不安とは裏腹に、家に辿り着けば、大学から戻ってきていた冬耶を始め、陽平と紗耶香も、皆、葵に”おかえり”と、そう言ってくれた。もちろん、心配をかけたことは怒られたものの、皆無事だったことを喜んでくれる。 だから葵も、”ただいま”、そう返すことが出来たのだった。

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