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act.3君と星の世界へ<12>

ドライヤーで髪を乾かすことも、葵が数多抱えている苦手なことの一つなのだ。その理由は幼い頃にそれを使って虐められたからに他ならない。それも相手は葵の生みの母親だ。 葵の苦手なものの理由を知る度に、冬耶は柄にもなく言い知れぬ殺意のようなものを覚えてしまう。 自分があの頃無力な子供でなかったら。今のこの姿で居れたのなら。もしかしたらきっと、葵を守るためなんて大義名分を抱えて、彼女を手に掛けてしまっていたかもしれない。 けれどそんな狂気にも似た愛情は、葵には微塵も感じさせたことはない。 「お兄ちゃんがやってあげるから、おいで」 ただひたすら弟に甘い兄として接すれば、葵も弟として甘えてくれる。二度目の誘いには素直な頷きが返ってきた。 リビングに場所を移し、ソファに座らせた葵の髪へと丁寧にドライヤーの風を当てていく。 葵の髪はうなじに掛る程度の長さ。冷風のみで乾かし切るにはさすがに時間が掛かりすぎる。だから冬耶は熱風を選択しながらも、葵に直接その風が当たらないよう自分の手の平で熱を分散させながら器用にドライヤーを操る。 最初は怖がってばかりいた葵も、今では冬耶がこうして髪を乾かす時間、心地よさそうに目を瞑ってくれるようになった。 「はい、終わり」 「ありがとう、お兄ちゃん」 きちんと葵の髪が乾ききったのを確かめて声を掛ければ、葵からはお礼と共に柔らかな笑顔が返ってくる。 「あーちゃん、髪伸びたな」 葵の隣に腰を下ろした冬耶は、離したばかりの葵の髪へと再び手を伸ばした。さらさらと指通りの良い細い髪は、撫でているこちらまで気持ち良くなる感触。隙あらばこうして触れていたくなる。 「遥さんが帰ってくるまで、伸ばすの」 葵が口にしたのは、冬耶の同級生であり、最も信頼している友の名前。いつもグイグイと物事を進めがちな冬耶を冷静にコントロールしてくれる貴重な存在だ。 そんな彼が唯一冷静でなくなるのは、葵のこと。もしかしたら自分以上かもしれない。冬耶にそう思わせるほど、葵を溺愛している。 けれど、葵が名前を口にするたびに寂しい表情をするのは、彼が高校卒業を機に海外留学という道を選んでしまったから。

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