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act.3君と星の世界へ<14>
「遥さんのことは、忘れない。けど……」
「けど?」
「思い出せないの。その……パパの、こと」
葵からいつぶりにその単語を聞いただろう。”ママ”のことは過去の記憶を掘り起こしてしまった時に良く口にするが、”パパ”は滅多に出てこない。葵が”ママ”以上にその記憶を仕舞い込んでいる証拠だと思っていた。
「思い出さなきゃいけない気がする」
「あーちゃん、どうして?なんでそう思うの?」
葵がそんなことを言い始めるなんて思いもしなかった。
不意に葵が京介と連れ立って帰宅してきた時の事が蘇ってくる。京介は葵がなかなか帰ってこなかった理由を、”おつかいが上手く出来なくて怒られると思ったから”、そう説明した。家に帰るのが怖くて公園で泣いていたらしい。
その理由を裏付けるように、京介が手にしていた買い物袋の中は割れた卵でぐちゃぐちゃになっていた。
だから皆、その理由に納得していたのだが、もしかしたらもっと違うことがあったのかもしれない。
葵が隣家を見つめていたことも、そして”パパ”の存在を思い出したことも、急に意味を持って見えてくる。
けれど、葵はそれ以上何も言わなくなってしまった。冬耶がどんなに話しかけても、説得しても、口を開かない。何かあったのは間違いないようだ。
「全く、本当に困った子だなあーちゃんは」
説得するために抱き寄せた体は、いつのまにか冬耶の胸に体重を預けてくるようになった。顔を覗き込めば、もう眠りに落ちる寸前。うとうとと首を揺らしてしまっている。
寂しがりで甘えん坊のくせに、変な所で強情だ。
「おに、ちゃん」
「ん?なーに、あーちゃん」
舌っ足らずに呼んでくるのが可愛くて仕方ない。呼び返してやれば、口角を緩やかに上げた微笑みが返ってきた。
けれどそのあとに発せられた願いは、その表情とは相容れ合い悲痛なもの。
「忘れないで、ね。お兄ちゃん」
「忘れるわけないだろ。次そんなこと言ったらさすがにお兄ちゃんも怒るからな」
誰を忘れないでほしいか、なんて聞かずとも分かっている。冬耶がどれだけ葵のことばかり考えているか。きっと葵が知ったら引くかもしれない。そのぐらい愛しているというのに。
「あーちゃんこそ、忘れないで。どんな時も。お兄ちゃんがあーちゃんを世界一愛してるんだよ」
もう葵の耳には入っていないかもしれない。それでも冬耶はもう一度、現実と眠りの世界の狭間でまどろんでいる葵を抱き締めて囁いた。
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