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act.3君と星の世界へ<23>

* * * * * * 大型連休の初日の朝。学園内はいつもの休日とは違いシンと静まり返っていた。実家に帰る生徒だけでなく、長期旅行に出掛ける者も大勢いる。 部活動も連休中は遊びを優先したいのか控えめだ。なぜか張り切って朝練に勤しんでいるのは弱小の野球部だけ、というのが何とも不可思議だ。 生徒会室の窓から見えるグラウンドで行われている練習風景をしばらく眺めていた忍だが、それにも飽きて先刻渡された一枚の紙に再び視線を落とした。 珍しい相手に、珍しい時間と場所を指定されてこうしてせっかくの休みを割いてやってきたところでこれを渡されたのだ。 内容は生徒会の役員を辞退するという申請書。最後に直筆で名前が記されているそれは、歓迎会のあの事件から姿を消していた幸樹本人がわざわざ忍を呼び出して手渡してきたものだった。 忍は受け取りはしたもののすぐに承認は告げなかった。当たり前だ。身勝手にも程がある。けれど、幸樹は忍が何を聞いても無言を貫いて、そしてわずかに生徒会室に残った私物を集めて足早に立ち去ってしまった。 幸樹は全くと言っていいほど生徒会の活動に顔を出していない。けれど、無くなって初めて、忍や櫻よりも一年長く属していた幸樹の痕跡が思いの外、この部屋にあったのだと思い知らされる。 考えるのは、この室内を見た葵がどう思うか。そればかりだ。 あの夜のことを覚えていないらしいと伝え聞いていたが、幸樹と何かあったと言うことは思い出したらしい様子の葵は、彼が生徒会どころか学園自体にも姿を現していないと知って、ひどく不安がっていた。 “葵とのことを気にしているのなら、これは間違った選択だ” 幸樹に告げた自分の言葉をもう一度反芻する。そう、明らかに間違っている。幸樹がすべきことはいつものへらへらとした笑顔で葵の前に姿を現してやることだったはず。でも彼は聞く耳を持たず、去ってしまった。 引き止められなかった自分にも嫌気が差してくる。葵にどう告げればいいのか。 勝手に重責を背負わされた忍はまたガラにも無く溜息を零した。 そんな忍の憂鬱な時を止めたのは、無機質な電子音と、その解錠に合わせて開かれた扉の音だった。 「あれ、忍?何やってるの?」 「お前こそ、何している」 役員に与えられたカードでしかこの部屋は開かれない。当然、侵入者は役員の一人、奈央だった。休みの日の朝からこの場所で出会うことなど予想外。互いが互いの用件を確かめたがるのは無理もなかった。

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