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act.3君と星の世界へ<24>

「この間の歓迎会の支出、修正あったから差し替えておこうと思って」 先に答えたのは奈央だった。確かに彼は普段は生徒会室に保管されているはずの分厚いファイルを脇に抱えている。おそらく昨夜自室で作業していたのだろう。 真面目な彼をからかおうと口を開きかけた忍だったが、奈央がファイルだけではなく少し大きめのキャンバスバッグを下げているのに気付く。 「なんだ、帰るのか?」 「そう、ちょっと用事あってね。本当は帰るつもりなかったんだけど」 そう言って奈央は笑い返してくるが、その表情はどこか苦しげだ。 忍の記憶の限り、奈央は前年度の生徒会役員に選ばれるまでほとんど寮にはとどまらず、授業が終われば実家に帰り、翌日実家から登校する、なんてザラだった。 それが山程課せられた習い事やら、父親の会社の接待に付き合わされているからだと言うことは知っていたが、学園では何事もないように振る舞う彼の気持ちを汲んで深く追及したことはない。 だが、生徒会役員になってからというもの、奈央は滅多に実家に帰らなくなった。その理由もまた、尋ねたことはない。 「嫌なら帰らなければいいだろう」 「……忍は案外仲良いよね、家族と」 「案外とは何だ。お前は案外失礼な奴だな」 奈央が直接的な回答をしなかったことを咎めるためにも、彼の言葉を借りて言い返せば、今度はいつもの笑顔が返ってきた。 「僕にも兄弟がいたら違ったかな。家だと話し相手が親しかいないから、なんか、ね」 手にしたファイルを戻すために書棚に向かった奈央は、忍のほうを見ずにそんなことを言い出す。やんわりとした表現だが、一人っ子である彼が抱える重圧が垣間見えた。 とはいえ、兄弟が居ると言っても羨ましがられるほど良いものでもない。 「女にしか興味がない姉と、キチガイの弟で良ければくれてやる」 自分の兄弟をそう表現すれば、奈央がフッと吹き出したのが分かる。 忍と奈央はそれなりに付き合いも長い。親の会社同士、接点があることも相まって、彼は何度も忍の家族と対面している。だからこそ、忍が的確に二人を表現したことがおかしかったのだろう。 「ほんと、仲良いのが不思議だよ。面白いよね忍の家って」 羨ましがらせないように告げたはずの言葉はかえって彼の気持ちを煽ってしまったらしい。片付けが済んでも、もう少し忍と会話を楽しむつもりなのか、奈央は忍の向かいのソファに腰を下ろしながらそんなことを言ってきた。

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