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act.3君と星の世界へ<29>
なんとか支度を終えた葵は、玄関でスニーカーを履く時にようやく愛用のキャップが無いことを思い出した。昨日あの男に取られたままだったのだ。
「あれ、お前帽子は?部屋?」
「……あ、今日は違うのに、する」
同じくキャップを被っていないことを京介に気付かれてしまい、葵は苦し紛れにそんなことを言った。
「違うのって何だよ」
「あぁ、このあいだ一緒に買ったやつ?」
訝しむ京介に対し、見送りで玄関まで来てくれた冬耶が助け舟を出してくれた。
冬耶が言っているのは春休みに買い物へ出かけた時に色違いで買ったメトロハット。冬耶は青で、葵は白。初めて被るのは冬耶と出かける時にしようと思っていたが、他にあるのは麦わら帽子や冬物のニット帽。選択肢はなかった。
「じゃああーちゃん、楽しんでおいで」
「うん!お土産買ってくるね」
冬耶に見送られる葵はまだ被り慣れない帽子のつばをつい手で押さえ続けてしまう。キャップよりもつばで顔を隠しきれないのが気になるのだ。
「大丈夫、似合ってるよ」
冬耶はそんな葵の気持ちを察してくれたのか、いつもの笑顔を向けてくれる。だから葵はようやく帽子から手を離し、”いってきます”と告げることができた。
大きくなるにつれて人前では手を繋いでくれないことが増えた京介が、今日は駅までの道中ずっと強く手を握ってくれる。
それはきっと昨日葵が公園で泣いていた理由を近所の人間に何か言われたのだと予測しているからだろう。守るような仕草が温かくてくすぐったい。
あの男が本当に付近に住む者なのかは分からないから京介に嘘をついているようで胸が痛むが、それでもこの手は離したくない。葵からも京介と繋がった手にぎゅっと力を入れた。
「京ちゃん、今日は手、ずっと繋いでてもいい?」
駅に着いて周囲に人が増えてくれば、やはり京介が手を解く素振りを見せたから、葵はついそんな我儘を口にしてしまう。
けれど、京介はそんな子供っぽいことをねだる葵を見下ろしてフッと笑った。
「切符買うだけだから、待ってろ」
手を離す理由が分かれば安心できる。大人しく頷いて待っていれば、二人分の切符を買って戻ってきた京介は、また葵の手を掴んでくれる。いつもは意地悪の一つでも言ってくるはずなのに、今日はなんだか優しい。
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