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act.3君と星の世界へ<30>

「水族館楽しみだね、京ちゃん」 きっと優しいのは京介も同じ気持ちだからだろう。そう思った葵が見上げれば、意外にも苦い表情が返ってきた。 それがなぜなのか。 答えは水族館の最寄り駅に着いてようやく判明した。改札で待ち合わせだったはずの綾瀬と七瀬の姿はそこになく、水族館に向かう人並みとは別の方向に京介が足を向け始めた。 その後を大人しく着いていくと、しばらくして京介が歩みを止める。 「葵、綾瀬達に会う前に寄り道、しようか」 「寄り道?どこに?」 尋ね返せば、京介は少し躊躇った後、思いもしなかったことを告げてきた。 「歓迎会で何があったか、覚えてるか?それとも全部忘れちまった?」 今まで一切踏み込まれていなかったあの日の出来事。でも葵だって何かがあったことぐらいは分かっている。 自分がはっきり覚えている最後の記憶時よりも随分と深く抉られた腕と、そして腕ほどではないが同じく傷ついた足裏。それは自分が混乱して行動を起こした証拠だ。それに、あの日から幸樹が一切姿を現さないことも何か意味があるように思えていた。 けれど、思い出そうとすると頭の奥がズキズキと痛みだしてうまくいかない。事情を把握しているのだろう京介や冬耶に尋ねてみても、はぐらかされてしまい、結局葵もそれ以上知ることが怖くて避けていた。 覚えてもいないし、全部忘れたわけでもない。それを何と表現すればよいか答えあぐねる葵の様子を見かねて、京介が更に言葉を重ねてきた。 「俺はさ、お前が辛いと思うことは全部忘れちまっていいと思ってるし、ずっとそう言ってきたけど。でもお前が自分のこと大事に出来ないのは許せない」 京介はそう言って、葵の頬に手を伸ばしてくる。添えられた手は大きくて、そして温かい。 「どんだけ馬鹿なことしたか、それだけは思い出して。んで、もう二度としないって約束して。じゃねぇと、不安で気ぃ狂いそうになるから」 いつも葵に対しては強気な態度を崩さない京介が”不安”を口にするのは珍しかった。驚くとともに、自分が京介にこんなことを言わせるほどの事をしてしまったのだと急激に体の芯が冷えていく感覚に襲われる。 「……ごめんなさい」 「謝らせたいわけじゃねぇんだって」 京介の茶色い目を見つめ返せずに俯きながら謝罪を口にすると、なだめるように抱き締められた。 まだ駅に近い位置で人通りは少なくはない。道路の端とはいえ、ただでさえ目立つ長身の京介と抱き合っていれば、遠慮がちな視線が周りから向けられる。けれど、今の京介はそんなことも気にしてはいないらしい。

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