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act.3君と星の世界へ<31>

「どうしたら、思い出せるの?」 「それを手伝ってくれる人がいるから。葵、行くか?」 それは一体誰なのだろう。疑問を感じずにはいられないが、昨日学園からの帰り道で京介の願いを叶えられなかったことが気がかりだった。今この誘いすら断ってしまったらまた彼に怒られてしまう気がする。 だから葵は自信なさげに、ではあるが、頭を縦に振って了承する。その瞬間、京介が安堵したように息をついたから、きっとこの選択肢が正しかったのだと葵に思わせた。 しかし道を進むに連れて現れた看板と、そして建物の外観を見て葵の体は再び温度が下がっていく。 「……病院?」 恐る恐る確かめれば、京介からは肯定の返事が戻ってきた。 少し上り坂になっている道の先に小じんまりとしたロータリーと、ガラス張りの正面玄関が見えてくる。ちょうど母親に手を引かれた3、4歳ほどの男の子がそこを通り抜けていくところだった。 その光景にまた少し記憶の扉が開いていく。 葵も手は繋いでもらえなかったものの、幼い頃ああして母親に連れられ病院に向かったことがある。母親が病院でどうやったら葵の見た目が普通になるのか、そう尋ねたことはぼんやりとした記憶の中でもはっきりと覚えている。 医者の返事は葵には難しくて分からなかったが、とにかく母親は葵の髪や瞳の色が治せるようなものではないと知ると、手を振り上げて頬を叩いてきた。何度も謝ったけれど、その日から母親の葵に対する態度がより一層冷たさを増していった。 「京ちゃん」 「ん?どうした?」 ぴたりと足が動かなくった葵に気が付いて京介も足を止め、そして葵が紡ぐ言葉に耳を傾けようとしてくれる。 「病院、ママと行った。でも治らないって言われたよ」 「思い出してほしいのはそういうことじゃねぇよ。あの女のことは全部忘れていい」 京介は葵が”ママ”の事を口にすると、必ずそう言う。けれど葵は忘れたいわけではないし、忘れていいとも思えない。 むしろこうして何かきっかけが無いと思い出せない自分に嫌気さえしている。きっとそんな葵に彼女は怒っていて、だから夢に出てくるのだとも考えていた。 記憶を蘇らす手伝いをしてくれるという人にお願いすれば、”ママ”のことも全て思い出せるのだろうか。そして、”シノブ”や”パパ”のことも。 だが、ただでさえ時折現れてくる記憶の断片に正常な思考を奪われがちなのに、全て思い出してしまったら自分は一体どうなってしまうのだろうか。より一層”いい子”からは程遠くなってしまうのではないだろうか。

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