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act.3君と星の世界へ<32>

「葵、ごめん。やっぱやめよう。顔、青くなってる」 無言になった葵の顔を覗き込んだ京介に言われて初めて気分の悪さに気が付いた。表情にもそれが出てしまっていたらしい。 苦手な病院に行かなくていいと言われるとホッとするのは否めないが、また京介の望みを叶えられないことのほうが嫌だった。だから葵は首を横に振って意思表示してみせる。 「大丈夫、行く。ちゃんと治す。いい子に、なる」 「いや、やめよう。強引すぎた」 詫びるように京介が頬を撫でてくれるが、葵は再度首を振る。 「だって治さないと、家族になれない」 心も体も健やかな西名家の皆とは違い、自分は欠陥だらけ。だからこうして心配をかけて病院にまで連れてこられてしまう。今までは嫌だと我儘を通してきたが、昨日言われた”偽物の家族”という言葉が何度も葵の頭の中でリフレインする。 “本物の家族”になるためなら、きっと葵は何だって出来る。 「すぐ変になっちゃうの、治す。だから、捨てないで」 縋るように京介のシャツを掴めば、即座に京介は葵を抱きしめ返してくれる。震える背中を撫でてくれても、今は落ち着くどころか、自分で発した”捨てる”という単語が葵を焦らせてきた。 記憶が飛ぶことも、その欠片が悪戯に現れては心をかき乱すことも、全て治したい。でなければ、いつか優しい彼等にすら見放されてしまうかもしれない。 焦りは呼吸に表れてきて、ひゅっと喉が鳴ったかと思えば、息を吸う動作しか出来なくなってきた。過度に空気を取り込めば当然胸が苦しくなって視界がチカチカとぼやけてくる。 「葵、ちゃんと息吐け。不安にさせてごめん、今のは俺が完全に悪いから」 京介がそう言ってなだめるように小刻みに震える背中を撫でてくれるが、一度入ったスイッチはなかなか落ちてはくれない。 「また、おかしっ…ど、しよ…ごめん」 「おかしくない。大丈夫だから」 早く落ち着かなければ。そう思えば思うほど、息が出来なくなってくる。”過呼吸”の症状にはそんな焦りが一番良くないと頭では理解しているのに全く体が言うことを聞いてくれない。 悪化していく葵を見て、京介が取り出したタオルを葵の口元にグッと強く押し当ててきた。葵の呼吸を邪魔するように見えて、れっきとした応急処置。 何度もこうして京介の前で取り乱してきたから、彼はこんな対応にも慣れきってしまっている。その事実がより葵の胸に芽生えた哀しみを煽りだす。 自分が居なければ京介はもっと違う人生を歩んでいたはずだ。いつも引っ付いて世話ばかり焼かせる自分が居なければ、きっと。 もしかしたら”家族”で居続けることを願うのは葵の独りよがりなのかもしれない。

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