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act.3君と星の世界へ<33>

“どうして西名が葵の家族を名乗り出たのか。そこに何のメリットがあったのか” またあの男の言葉が頭に浮かぶ。メリットなんてきっと何も無い。それどころかデメリットだらけに違いなかった。 ぼやけていく視界が脚の力も奪っていく。ずるずると京介の胸にもたれかかりながらしゃがみ込めば、目の前の彼も一緒に屈んで葵の体を抱きとめてくれた。 しばらくそうして京介に体を預けて呼吸を整えるように繰り返していると、後方から聞き覚えのない声が聞こえてくる。 「君が、西名くんかな?」 声の主が呼びかける相手は京介のようだった。だから葵は振り返ることはせず、ハンドタオルの柔らかな布地を通して呼吸を続ける。 「アンタが宮岡さん?」 「あぁ、よろしく。診察室から君たちの様子が見えてね……過呼吸?」 どうやら京介も声の主と会うのは初めてらしい。ぼやけた頭でも会話の内容から相手が”医者”らしいということは理解できた。 「中で横にして落ち着かせたほうがいい。連れてくよ」 そんな声が聞こえたかと思えば後ろから回ってきた手が葵の背中と膝を支え、簡単に持ち上げられてしまう。 頬に当たるのがTシャツの柔らかな生地ではなく、糊のきいたもの。視界に広がるのが眩しいくらいの白だと気付いてようやく、自分を抱くのが宮岡と呼ばれた人物なのだと知った。 「きょ、ちゃん、きょうちゃん」 「安心して、彼も一緒に居るからね」 自分だけが院内に連れて行かれるのかと不安になれば、見透かしたような声音が降りてくる。その声も、自分に向けられる黒い瞳も、独特の温かさが秘められていて、初対面だというのに葵の心がすんなりと落ち着いてきた。 「そう、いい子だね。葵くん」 褒めるようににこりと微笑まれれば、強張っていた体からも力が抜けてくる。彼が歩を進める度にわずかに伝わってくる揺れさえ心地よく思えてきた。その揺れに身を任せて葵は目を瞑る。 しばらくして柔らかな場所に横たえられた感触が全身に伝わってきたが、疲れきった体が沈むばかりで起こすことは出来なかった。 「葵、ごめんな」 聞こえてくる京介の謝罪に対して返事をしようと口を開きかけたが、声が出ない。ただ薄く息を吐くしか出来ない葵を見て、もう一度京介からは”ごめん”と、告げられた。

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