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act.3君と星の世界へ<35>
渡されたそれを開けば、英字で書かれた雑誌の記事らしきものがスクラップされていた。
記事のタイトルに、”Fujisawa”の文字があることに気が付きその内容にも目を通していく。専門的な単語は分からないものの、アメリカにある企業の若き社長が退任することが書かれているのは読み取れた。
記事に添えられていた写真には、次期社長らしき中東系の中年男性と握手を交わす見目麗しい男性が映っている。艶のある黒髪に、人工的な翡翠色の瞳。隣の男性とは悠に二十ほど歳が離れて見えるぐらい若々しい彼には見覚えがあった。
「……これ」
「そう、あの子の父親、藤沢馨に関する記事だ。君もやはり覚えていたようだね」
「アンタ、あいつの関係者か?」
京介は昨夜のメールには自分の名前しか記載しなかった。けれど、宮岡は葵の素性までよく知っているようだ。あれだけ友好的に見えていた彼の笑顔が途端に怪しく見えてくる。
だが警戒心をむき出しにした京介に焦る様子もなく、宮岡はただ変わらずに柔らかく笑いかけてきた。
「まさか。その逆、というのが適した表現かは分からないけれど。君たちの味方になりたいと願っている、といえば良いかな。ちょうど君のお父さんに接触しようと思っていたんだ。だから昨夜君のほうから連絡が来て正直とても驚いた」
宮岡はあくまで穏やかに京介に対して言葉を紡いでくる。彼からこちらにコンタクトを取りたがっていたのなら、すぐにメールが返ってきたことも、無理やりに予定を調整したことも頷けた。
けれど京介は彼をまだ信頼に値する人間だとは到底思えない。察したように説明は続けられた。
「私は児童心理を主に専門としていてね。一時勉強のために渡米していたことがあるんだ。その時向こうでとても嫌な話を耳にした」
「……嫌な話?」
「あぁ。診療にやってきた子供たちの中に、人形のようにただ綺麗に笑うことしか出来ない子がいる、とね。それも一人や二人じゃない。時期もエリアもバラバラだが、皆症状が似通っていた」
「人形って」
その単語に思い当たる節があって、京介はベッドで眠る葵を見やった。
葵は幼い頃母親からは分かりやすく虐げられていたが、父親には反対に異常な程の愛情を注がれていた。けれど彼は”人形”として葵にひたすら感情を表現することを封じていたのだ。その容姿だけが葵の価値とでも言うように。
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