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act.3君と星の世界へ<40>

「俺も、早く会わせてやりたいよ。そうしたらきっと……」 『会う価値なんてない。ただ遠くから見守れればそれだけでいい。くれぐれも余計なことはしないでくれ。私のことも、お坊ちゃまの記憶から完全に消し去って』 葵の笑顔が増えるはずだ、と言いかけた言葉は、いつもどちらかというとゆったりした口調で喋る彼が性急に重ねてきた指示にかき消されてしまった。 「あのなぁ、医者ってそういうんじゃないだって。都合よく特定の記憶だけ故意に消せるわけが……」 『ごめん、また』 カウンセリングというものを勘違いしている彼の意識を正そうとすれば、今度は簡単な一言と共に通話を一方的に切られてしまった。仕事中と前置きはされていたものの、本当に唐突に遮断されれば多少傷つくのは否めない。 けれど、彼が告げた願望が実はもう叶いかけていると知ってしまえば、彼が哀れで仕方なくなって、文句の一つも出てきやしなかった。 「アキ、忘れられてるみたいだよ」 無音の携帯に、ぽつりと語りかける。宮岡が手を施すまでもなく、葵はあれほど濃い関係を結んでいた相手との記憶を封じ込めているらしい。そして京介も同じくで、初めから居なかったかのように記憶自体を飛ばしているようだった。 「何が何でも思い出させるよ。じゃなきゃ二人共救われない」 やはりこの空間に誰も答える人間などいない。けれど、宮岡の決意は陽の光が明るく差し込む真白い部屋に凛と響いた。 「絶対に、な」 もう一度重ねられた言葉は誓いと呼ぶほうがふさわしいかもしれない。 早速とばかりにデスクトップパソコンに向かった宮岡は、京介へと次の約束を提案するメールを打ち始めた。葵を救うチャンスが永遠に失われる可能性が出てきては、悠長にしている時間などない。 送信ボタンを押した宮岡の表情には、押し隠していた切迫感が滲んでいた。

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