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act.3君と星の世界へ<42>

奈央の父が一代で築き上げた会社は確かに立派な業績を誇っているが、例えば忍や櫻のような伝統ある家と比べれば圧倒的に弱い。 そのコンプレックスを埋めるかのように、両親は家を派手に飾り付けたり、こうして雇った使用人をさも名家に仕える者のように振る舞わせたりする。見栄が詰まったこの空間は、奈央にとっては息苦しくてたまらない。 「ありがとう、すぐに行くね」 使用人とはいえ、奈央が彼等に偉そうに振る舞う理由はない。両親からは後継ぎらしく堂々としていろと言われるが、両親よりも身近な場所で世話をしてくれてきた家政婦に対して敬意を示したくなるのは奈央にとっては自然な感情だった。 「お疲れなのでしょう、顔色が良くありませんよ。あとで紅茶でもお持ちしましょうか?」 部屋から出れば、まだその場に留まっていた年配の家政婦が奈央を見て心配そうに声を掛けてくれる。 彼女にとってもまた、奈央は息子のようなものなのだろう。両親が居る場では無用なお喋りなどしてこないが、こうして二人の時は少しだけ親しみを込めた声を使ってくれる。 「じゃあお願いしてもいい?」 「はい、いつものミルクたっぷりのルフナで宜しいですか?」 「うん。……あ、待って。やっぱり今日はココアが良い」 「あら、珍しい」 歓迎会の日々を思い出したからか、葵が好んでいたココアを今夜は飲みたい気分だ。それを告げれば彼女は皺が刻まれた目元を柔らかく細めて、笑ってみせた。 階下のリビングへと向かえば、そこには奈央を呼び出した父と、そして母が並んでソファに腰掛けていた。リビングもまた、見るからに高価な調度品が並べ立てられている。我が家ながら、品が良いとは言えない。 「座りなさい」 促され、彼等の正面のソファに腰を下ろした奈央は、厳しい表情を浮かべる父にこれからの時間が良いものにはならないことをすぐに悟った。 「奈央、加南子さんとはどうなってる」 前置き無しに本題に入られた。父の短気な性格はこんな時にもよく表れる。”加南子”とは、父の会社の最大手取引先のご令嬢の名。 「どうって……」 「貫井の奥様から連絡があったのよ。あなた、加南子さんに連絡していないんでしょう?」 貫井というのは加南子の名字。二つ下の少女は何かあればすぐに母親に相談し、そして相談を受けた母親は奈央の母親へとクレームを入れる。全くもって奈央に不利な伝言ゲームが成り立ってしまっているのだ。

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