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act.3君と星の世界へ<44>

「奈央さん。来週一杯で草間さんに暇を出すことにしたから」 “草間”とは今頃奈央のためにココアを準備してくれているはずの家政婦の名。暇を出すとはこの場合、字の如く休暇を与えようとするものではない。解雇を意味していた。 「どうして?急に、そんな」 「草間さんもお年でしょう?この間私の部屋の花瓶を割ったのよ。もう無理だわ、あの人」 花瓶の一つぐらい、出かかった言葉を必死で飲み込んだ。彼女の思考を否定すればヒステリーを起こして今すぐ家政婦を家から追い出しかねない。 この家で唯一と言っていいほど心を許していた存在が居なくなる。それは奈央が更なる孤独と戦わねばならないことを意味していた。 「奈央様、ココアお持ちしましたよ」 自室に帰るとしばらくしてトレーにマグカップを載せた家政婦が現れた。柔らかい笑みを見るのもあと何度だろう。 「あらあら、そんな顔して。情けない坊っちゃんだこと」 「……本当に、自分が情けない」 泣きそうになるのを唇を噛んで堪えれば、彼女は困ったように溜息をついた。奈央が解雇を知ったのだと察したのだろう。 「私に未練を残させる気ですか?どうか笑顔で見送って下さいませ」 そう言われてもやるせなくて仕方ない。けれど、彼女は奈央にとんでもない事を言い残していく。 「最後だから言いますが、私はあのお嬢さん、嫌いですよ。私の紅茶に文句をつけたんですから」 茶目っ気のある笑顔で揶揄するのは加南子のこと。家政婦はたまにこうして奈央だけには毒のある一面を見せてくる。 「優しい坊っちゃんには似合いませんよ。いざとなったら私が先に良い相手を見つけてあげますからね」 「それは……遠慮しておく」 「そう、その調子です。ご自分でお探しなさい」 奈央が思わず否定すれば、それすら見透かしていたように満足気に笑って部屋を立ち去っていった。 自分で探す。 それは当たり前のようで、奈央には思いつきもしなかった発想だった。いつか親が決めた相手と結婚する。生まれた時からその選択肢しか与えられなかったのだから当然かもしれない。 自分で探すなら……。そうして一番最初に思い浮かんでしまったのは、明日約束を交わした可愛い後輩で。 奈央はいい加減、自覚してしまいそうな恋心を必死に押し隠すのだった。

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