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act.3君と星の世界へ<45>

* * * * * * 「でね、イルカが目の前でジャンプしたから、七ちゃんがびしょ濡れになっちゃったんだ」 「そう、あーちゃんは大丈夫だった?」 「京ちゃんが引っ張ってくれたから平気だった」 冬耶は自室のソファに転がりながら、葵が懸命に今日の出来事を話してくれるのを丁寧に相槌を打って聞いてやっていた。もちろん葵は冬耶の腕の中に居る。いつもと違うのは、そんな葵も買ったばかりの白いイルカのぬいぐるみを抱いていること。 いつもは荷物になるからと買うのを嫌がる同行者が、今日は許してくれたらしい。帰宅してすぐに葵が見せびらかしてくれたイルカを見た冬耶が京介に視線をやれば、気まずそうに目を逸らされてしまった。 きっと葵を甘やかしてやらなければならないことがあったのだろう。不器用で、そして素直じゃない弟は未だに葵をうまく愛してやれないらしい。 「それで七ちゃんが綾くんに怒っちゃったの。なんで綾くんも引っ張ってくれなかったのって」 「ハハ、綾瀬くんもとんだ災難だったな」 「だから今日は二人で仲直りするんだって」 本当は今日泊まりに来るはずだった双子のカップルが帰宅した理由がようやく分かった。隙あらばどこでもいちゃつく彼等が仲直りのために何をするつもりなのか簡単に予想がつく。 西名家内でそれが行われるよりはマシだが、お泊りを楽しみにしていた葵が少し可哀想になってくる。 だから冬耶は葵にこんな提案をしてみた。 「なぁ、あーちゃん。明日なっち、うちに泊めよっか」 「え?奈央さんを?」 明日約束を交わした奈央の名を出せば、葵は嬉しいような、けれどどこか不安そうな複雑な表情を浮かべて目を瞬かせる。 現在の生徒会の中では葵と一番付き合いが長い奈央にすらまだ、葵が西名家の家族として共に暮らしていることを打ち明けられていない。そろそろいい機会だろう。 「あーちゃん、嫌だ?」 「ううん、イヤじゃなくって……その、急、だし。奈央さん迷惑、じゃないかな」 長めの前髪を払って真正面から蜂蜜色の瞳を見つめれば、葵は気まずそうに目を逸してしまう。奈央の都合を心配すること自体は嘘ではないだろうが、それよりもまず、今の暮らしがよそにバレることが怖いのだろう。 「なっちは大丈夫だよ、あーちゃん。どうして一緒に暮らしているかまで無遠慮に聞いてくるような子じゃない。あーちゃんとも変わらず仲良くしてくれるよ」 葵だって奈央の人柄はよく分かっているようだ。冬耶が言い聞かせれば、案外素直に同意を示す頷きを返してくれる。けれどその瞳にはまだ不安がくすぶっていた。

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