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act.3君と星の世界へ<48>

封筒の中にはもう一つ、小切手が入っていた。その額は日常生活では目にすることのない桁数の額が記されている。 今まで何度か馨からこうして葵の養育費とばかりに小切手が送りつけられていたが、その度に陽平が問答無用で破棄してきた。向こうもそれを承知の上なのか、毎回前の数字が足された額が提示されてくる。 本当なら二度と送ってくるなと言い返してやりたかったが、馨は自分の連絡先を一切明かしてこなかった。それなのに、今回は番号が記されている。いつもの様子とは明らかに異なっていた。 「で、この番号に電話してみた?」 「あぁ、出たのは奴の秘書を名乗ったが」 「それで、会うの?っていうか、日本に居るの?」 湧き上がる疑問を押さえきれずに矢継ぎ早に尋ねれば、陽平は大きく頷きを返してきた。その瞳には明らかな怒気が込められている。 「明日の午後、会うことにした。付き合え、冬耶」 「明日?……しょうがない、なっちにデートさせてやるか」 葵と出掛ける約束をしていたが、馨と会えるとなれば今はそちらを優先させたい。幸い、同行予定の後輩は信頼出来る人間だ。葵もよく懐いている。 三人でランチを済ませた後は二人で過ごさせよう。冬耶は陽平からの誘いですぐに明日の予定を組み直し始めた。 「でもなんで俺?母さんは?」 「紗耶香はダメだ。奴が日本に帰ってきたと知って動揺してる。ああ見えて繊細なんだ」 幼い頃、葵を家族にするために藤沢家と交渉していたのは両親だ。だから今回も紗耶香と共に立ち向かうのが妥当だろうと冬耶が返せば、陽平は少しだけ悲しげに笑ってみせた。 男ばかりの西名家で誰よりも強くてしっかり者に見える紗耶香が、人一倍繊細な面を持っていることは冬耶も理解していた。葵を奪われるかもしれないと、恐怖に慄く母の姿が目に浮かぶ。 「それに、俺も犯罪者にはなりたくない。奴を殺しかけたらしっかり止めてくれよ、冬耶」 「物騒だな、もう」 血の気の多い父の性質もまた、冬耶はよく知っている。溜まりに溜まった馨への怒りが、ようやく会えた瞬間に爆発するであろうことは容易に想像出来た。陽平も自覚しているから、比較的どんな時も冷静さを失わない冬耶を付き添いに選んだのだろう。 「京介には?言った?」 「いや、まだだ。あれも俺以上に気が短いし、紗耶香にも似てる所がある。一番葵の傍に居るのもあいつだし、知ったらきっと……」 「うん。今あーちゃんも不安定だし、何か感じ取りそうだな」 強そうに見えて、陽平の言うように京介にも繊細な一面がある。 独りぼっちになった葵が西名家に来るまでの間、葵の所在が掴めない時期があった。その時の京介の動揺は凄まじいものだったし、恐らく彼の心にもそれがトラウマになって残っている。 葵を二度と失いたくないという気持ちが人一倍強い京介が馨の登場を知れば、良くない方向に事が進む気がしてしまう。

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