302 / 1393

act.3君と星の世界へ<53>

辿り着いた雰囲気の良いレストランでも終始奈央は冬耶にからかわれて終わってしまう。情けないと思わずにはいられないが、前年度の生徒会の雰囲気を思い出した葵がこんな光景ですら懐かしんでしまっている。 それに、奈央自身も冬耶の無茶な要求に振り回され、葵がそれを見てクスクスと笑っている、その時間が嫌いではない。むしろ家に居る時間と比べ物にならないくらい心が軽快になるから不思議だ。 しかしランチが終われば、冬耶との別れの時間が近づく。駅まで戻る道すがら、ようやく奈央はこの後の計画が全く立てられていなかったことに気が付き、人知れず慌て始めていた。 一体葵をどこへ連れていけば良いのだろうか。奈央は必死に様々な案を思い浮かべたがどれもしっくり来ない。 たまに生徒会の活動終わりに葵が奈央の部屋に遊びに来ることがあったが、そんな時は部屋のテレビで映画を観て過ごすことが多い。だから今日も映画館へと誘えば無難なのだろうとは思うが、連休中で混み合っていることを想像すれば少し気が滅入る。 一応携帯で今公開されている映画の情報を調べてみるが、内容も葵好みの穏やかなものはなく、ホラーやサスペンス、ハードなアクションが多かった。映画の案はなしだろう。 そのまま近場の娯楽施設を調べていると、メールの着信を知らせるポップアップが出てきた。差出人は今頃奈央の両親と過ごしているであろう加南子だった。 内容にざっと目を通せば、そこには家政婦、草間の入れる紅茶が口に合わないという愚痴と、彼女がクビになったことを喜ぶ言葉が綴られていた。 そこでようやく奈央は気が付く。加南子に媚を売るために、両親は長年仕えてくれていた草間を解雇させたのだろう。花瓶一つで解雇なんて話がおかしいと思っていた。 言葉に表し難い嫌悪感が溢れてきて、ぐらりと視界が揺さぶられる。倒れかける予感に、慌てて改札前に立ち並ぶ柱の一つに身を持たれかけて体を支えた。 「……奈央さん?あの、大丈夫、ですか?」 冬耶を見送るため、その姿が見えなくなるまで改札の向こうへ手を振り続けていた葵が、奈央の様子がおかしいことに気が付いて焦ったように声を掛けてくる。 冬耶から別れ際に、絶対に葵から目を離すなと念押しされていたことを思い出した奈央は慌てて顔を上げた。

ともだちにシェアしよう!