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act.3君と星の世界へ<54>
「ごめん、葵くん。大丈夫だよ」
「でも……顔色悪いです。ごはん、美味しくなかったですか?」
「ううん、そんなことない。ちょっとボーッとしちゃっただけだから」
必死に取り繕うが、葵は一向に不安げな表情を崩してくれない。具合を確かめるように小さな手が伸ばされ、そして奈央の額に触れてきた。
葵の手は血管や筋がうっすら浮き出るほど華奢だというのに、手の平は不思議と柔らかな弾力がある。その柔さが当てられるとすぐそこまで込み上げて来た吐き気がスーッと引いていった。
「やっぱり、体調悪そうです。お家、帰りますか?」
「……葵くんと、居たい」
きっと今の自分はどうかしている。葵から帰宅を促されて思わず飛び出た台詞は、普段の自分なら口に出すのが躊躇われるほどのストレートな本音。おまけに葵の手が離れないよう、自分の手を重ねてしまう。
葵も奈央にそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。一瞬驚いたように目を丸くして、そしてふわりと見惚れるほど甘い笑みを浮かべてくれる。
「じゃあ奈央さん。元気の出る場所、行きましょう」
「元気の出る場所?」
「はい、いつも元気がなくなったらそこに行くんです。奈央さんもきっと、元気になれますよ」
葵からも奈央の手をきゅっと握り返してくれる。そして耳触りの良い声で魅惑的な誘いをかけられた。
もちろん家に帰らずに済むなら、そして葵と共に過ごせるのなら、奈央はどこでも構わない。すぐさま頷き返せば、葵は奈央の手を引いてすぐそばの切符売り場まで導いてくれた。
「どこまで?」
「着くまでのお楽しみです」
葵に財布を開かせるつもりのない奈央は何とか券売機に自分の財布から取り出した千円札を先に滑り込ませることに成功したが、葵は行き先までは教えてくれないらしい。
二人分の切符を買って、ほんの少ししかお釣りが返ってこないということはそこそこ距離がある場所らしいと察しはつくが具体的な見当はつかない。
そしてダメ押し、とばかりに葵にこんなことを言われてしまう。
「奈央さん、今から行く所は皆に内緒です」
「そうなの?……冬耶さんにも?」
奈央が問えば葵からは頷きが返ってくる。葵に関して知らないことなどないであろうあの冬耶にすら内緒の場所。そんな特別な場所に招かれたことを知ってまた、胸に火が灯ったような感覚を味わう。
二人だけの秘密を誓わせるように、葵から絡められた小指。奈央はその指に自分のそれを合わせながら、もう誤魔化しようのない感情が芽生えている予感に襲われていた。
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