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act.3君と星の世界へ<57>

「てめぇ何しやがんだよ!」 「あーすみません先輩、うっかりつまずいちゃって」 「こう見えてうちのお兄ちゃん、ドジなんすよ。すみませんね」 物凄い剣幕でまくしたてられても棒読みの謝罪を口にするのは涼し気な顔立ちの双子、聖と爽だった。見分けはつかないが、”お兄ちゃん”と呼ばれたほうが空のカップを手にしている。その中身を彼にぶちまけたのだろうことは都古にも察しがついた。 「コーヒーなんで早く洗わないと染みになりますよ。ホットだから火傷にも気をつけて」 「はいこれ、クリーニング代と治療費」 完全にキレた様子の二人組に対して、聖と爽は一万円札を数枚提示してみせた。過度な金額は逆に小馬鹿にしているように見受けられる。やはり二人の怒りを更に煽ったようだが、落ち着き払う聖と爽のほうが優位なのは明らかだった。 「誠意を持って言葉と金で謝罪したのに、まだ何かあります?」 「これ以上突っかかってきて損するのはアンタらっすよ」 「周りも初めっから見てただろうし……ね」 二人組のほうから都古に絡んでいった光景を周囲も少なからず注目していただろう。双子が遠慮がちに様子を伺っている食堂内の生徒たちに目配せすれば、二人組は舌打ちをして立ち去っていった。 そしてその背中を見送った双子は、当たり前のように都古の前の席に腰掛けてくる。シンと静まっていた食堂内も徐々に生徒たちの雑談が再開されいつもの空気に戻り始めてきた。 「烏山先輩って格闘技やってるんじゃないんですか?あんなのサクッと投げ飛ばせばいいのに」 「え、でも素人相手に手出しちゃダメなんじゃないの?」 「あぁそれ聞いたことある。じゃあ喧嘩出来ないじゃん」 都古が口を開かずとも双子は勝手に会話を始めてくれる。彼等はもう食事を済ませているらしい。それに都古のように制服ではなく私服を着用しているから、補習で学園に残っているわけではないのだろう。 コネで入学した都古と違い、双子は難易度の高い編入試験にきちんと合格して入学したことは伝え聞いていた。葵に全て捧ぐと決めた時消し去ったはずのプライドがチクリと痛む。 葵にべたべたとまとわりつく彼等のことが嫌で、随分と冷たくしているはずなのに、都古に絡む二人組をわざわざ追い払う役割を買って出てきたというもの癪だ。素行の悪い上級生にコーヒーをぶちまけても双子に何のメリットもないのにだ。 しかし、葵からの好感度をあげようと考えての行動というのならば納得がいく。

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