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act.3君と星の世界へ<60>

* * * * * *  奈央が葵に連れられてやってきたのは、大きな公園の入り口に直結している郊外の駅だった。 単純な公園ではなく、敷地内に植物園やバーベキュー用の広場もある他、夏にはプールまで開放されるらしい。そのせいか、家族連れだけでなく、学生らしき若者達の行き来も多く見受けられる。 しかしてっきりそこが目的地かと思い尋ねれば、葵からは首を横に振られてしまった。 確かに葵の足は公園の正面入口から外れ、敷地からも抜けてしまう。奈央もただ黙って後を追うが、周りから人気がなくなり、どうしても不安を覚えるのは否めない。 だが、奈央が目的地を再度尋ねようとした頃、ようやく歩道の先に半球体の屋根を持つ建物が見えてきた。 「……葵くん、ここって」 所々欠けている古ぼけた看板は文字が読みづらいが、”プラネタリウム”であることは分かった。けれど、奈央が看板で気が付いたことを察していないのか、葵はまだ悪戯っぽく微笑んで”内緒”と言い放つ。 しっかり者のようでこうして抜けたところがあるのが可愛くて放っておけなくなるのだ。 入り口の重たいガラスの扉を奈央が先に開けてやれば、葵は奈央に礼を言うなり、館内へと駆け込み声を上げた。 「館長さん!」 葵が向かったのは受付の窓。そのガラスの向こうには、小柄な老人がちょこんと腰掛け、文庫本に目を通していた。少し耳が遠いのか、葵がガラス越しに声を掛けただけでは顔を上げてくれない。 そこで葵がもう一度声を上げながらガラスの窓もノックすると、ようやく館長と呼ばれた老人は老眼鏡を外してみせた。 「おぉ、葵ちゃんじゃないか。よう来てくれたな。久しぶりじゃないか」 館長は目の前にいる葵に目を細めて微笑むとすぐさま受付の窓を開け、皺くちゃの手を伸ばしてきた。そして葵の手を掴むと、大げさなぐらいにぶんぶんと振って喜びを表している。 「久しぶりって言っても、春休みに来たからまだ一ヶ月しか経ってないですよ?」 「一ヶ月も老いぼれにとっては長いもんだよ。ほら、葵ちゃんもちょっと見ないうちに……」 「大きくなりました!?」 「いんや、縮んだ気がする」 「え、ひどい」 小柄なことを気にしている葵には可哀想な冗談だ。けれど、館長も、そして葵ですら、満面の笑顔を浮かべているから、二人が年の差を越えて随分と親しい仲なのは、奈央の目から見ても明らかだった。

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