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act.3君と星の世界へ<62>
「それでは、お楽しみください」
館長のしゃがれた声のあと、ドームがシンと静まり返り、徐々にぽつぽつとスクリーンへ青白い星の光が灯り始めた。
プラネタリウムへは初等部の校外学習で出かけた経験があったが、その時は延々と無機質なアナウンスが流れていた覚えがある。けれど、ここではただひたすらにゆっくりと作り物の夜空に星が瞬いていくだけ。
都会の喧騒から離れた、学園でもなく家でもない空間。そこで葵と二人、ただ星の煌めきに身を委ねるだけの優しい時間。奈央にとって、それは何物にも代えがたい穏やかなものだった。
沈黙を破るのは少しだけ躊躇われたが、この星の下でならきっといつもと違う言葉が交わせるかもしれない。そんな期待を胸に、奈央は口を開いた。
「葵くんがここを好きな理由、分かった気がする」
こんなにも心を落ち着けてくれる空間を他に知らない。永遠にこの世界に身を溶け込ませることが出来たなら。馬鹿げたことさえ考えてしまう。
「ずっと前から来てたんです。ここなら一人でも寂しくなくて」
星空に視線を巡らせたまま、葵は返事をしてくれる。その横顔は人工的な星明かりに照らされて、いつもよりもずっと大人びて見えた。
「前に来たのは三月で。……だから結局、寂しいのが消えるわけじゃないんですけど」
葵がそう言葉を続けた。いつもよりも胸の内を明かしてくれるのはやはりこの場所だからだろうか。
三月といえば、葵が慕っていた遥が日本を旅立った時期。きっと心細くなった葵はこの場所を訪れたのだろう。それでも寂しさ自体がなくなるわけではなかったのだと切ない顔をされると、衝動的に手を葵へと伸ばしてしまう。
帽子に隠れてしまって髪には触れられないが、それでも葵の頭を撫でてやりたいと思ってしまったのだ。
「遥さんにも、この場所のことは言ってないの?」
「あ、いえ…ここのことは知ってます。お兄ちゃんも、遥さんも、京ちゃんも。けど、いつも来るのは一人って決めてるんです」
「それはどうしてか……聞いてもいい?」
奈央はもう一歩、葵の心に踏み込んでみる。するとようやく葵が星空から視線を外し、奈央の目を見つめ返してくれた。
「ここは思い出の場所で。でもその思い出は、覚えてたらいけないんです。皆に困った顔させちゃうから、だから、来てるのは内緒」
葵からもたらされた答えは抽象的なものでしかない。けれど、葵が内に秘めた哀しみと、そして孤独が滲んでいる。無理に浮かべた笑顔が切なくて、このまま抱き締めてしまいたくなる思いを奈央は必死に堪えた。
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