313 / 1636

act.3君と星の世界へ<63>

「そんな場所に、僕が来ても良かったの?」 確かめるような質問は葵を困らせるだけかもしれない。そう思うが、聞けば聞くほど葵にとって神聖らしいこの場所に自分が場違いなように感じられるのだ。 葵が抱えるものを何も知らないから、だから連れてきてもらえたのだろうか。葵と距離が縮まったように思えても、それが無知のおかげならば、ちっとも喜ばしくはない。 そんな動揺に気が付いたらしい葵から、今度は奈央へと手を伸ばしてくれる。 「奈央さんに元気になってもらう方法が他に思い浮かばなくて……。それに、奈央さんはここのお星様、きっと綺麗って言ってくれると思ったから。なんだか一緒に観たいなって思ったんです」 葵のはにかんだ笑顔と、奈央の手に絡められた指の動きに、またぎゅっと胸が締め付けられる思いがする。でもこれは辛いとか苦しいとか、そんな感情ではない。温かくて、くすぐったい痛み。その名前が何なのか、もう答えは直ぐ傍まで出かかっていた。 「葵くん、帽子取ってもいい?」 葵の被るメトロハットの布地よりもそろそろあの指通りの良い髪に触れたい。自然に口から飛び出てしまった奈央の願望に、葵は少し驚いた様子を見せたが、素直に頷いて帽子を取ってくれた。 「お部屋の中なのに、被ってたら変ですよね」 「……そうじゃなくて」 葵は奈央の真意に気が付いていないらしい。だから奈央は帽子を脱いだ拍子に乱れた髪を直してやりながら、本音を打ち明ける。 「僕がこうしたかっただけ」 ようやく触れられた細い髪に指を絡めて、そして整えてやる仕草を繰り返せば、星の瞬きに照らされた葵の顔がほんのりと淡く染まっていく。それにつられるように、きっと自分の顔も赤くなっているに違いないと奈央は思う。 「奈央さんは……」 頬を染めたまま、葵は言いかけた言葉を飲み込んでしまう。促すように顔を覗き込めば、躊躇う様子を見せた後、もう一度口を開いてくれた。 「奈央さんは、その、初めて会った時、変だって思わなかった……ですか?」 「え?何を?」 「……これ」 葵が示したのは、奈央がまさしく愛でている最中の髪だった。思ってもみなかった言葉に思考が一時停止してしまう。 葵が不安を感じるということはきっと誰かに酷い言葉を浴びせられたからに違いない。誰かも分からないその相手に怒りが湧いてくる。どんなに傷ついたか、想像に難くない。

ともだちにシェアしよう!